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2007年01月 | 月別の日記 | 2007年03月

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君が代、誰の為?

昨日の「君が代ピアノ訴訟」の最高裁判決にがくりときて、今朝、新聞をみてまたガクリ。北海道新聞朝刊。一面記事になっているとはいえ、「道内企業、新規採用増」という経済ニュースに順ずる扱いだ。タイミングが悪かった、とは言い切れないもどかしさを感じる。でも、社説で扱っているからまだいいか。

それにしても、恐ろしいことになってきたなぁ。

「教育公務員は、学習指導要領に基づく職務命令を正しく履行しないと処罰します」ということ。そこに個人の思いが介入する余地はない、ということ。あなたがどう思おうと、決めた事には何が何でもしたがってもらう。それが嫌なら痛い目をみても仕方ないよ。そういう発想が、最高裁で支持されたという事。

なんと堅苦しいのだろう。教育の場なのに。学校なのに。

もしその先生が「伴奏したくない」と言えば、ほかの方法を探せば良いではないか、と単純に思う。喜んで「君が代」弾きます!という人間は他にいなかったのか?もし他に代わりがいないのなら「じゃ、どうすればいいかねぇ?」と、職員室のみんなで考えを寄せ合って、自分達で答えを出せば良いではないか。一番簡単なのは、すでに「君が代」が録音されたテープを流せばいいのだと、気が付かないのか。

いや、テープではダメなのだ。テープを使ったなんてことになれば、今度は校長が処分されてしまうのだ。あくまでもテープではなく、嫌がる先生に無理強いしてでも伴奏をさせる、そういう職務命令を出さなければ、校長の管理責任が問われる「仕組み」になってしまっているのだ。校長だって人間だ。自分が処分されるのはたまらない。

ああ、なんと柔軟性が無いのだろう。「管理」の名のもとに、皆がガッチガチに縛られている。校長も、教員も、皆、厳重に「管理」されている。

そもそも、「君が代」が演奏されるのは、一体誰の為なのか。演奏される場は、入学式であり、卒業式だ。それは誰の為の場なのか。そのそも、その舞台である学校は、ひいては「教育現場」とは、誰の為のものなのか。

いうまでもない。主体は子どもだ。

さて、本来の「子どもにとって…」という視点に帰ったとき、はたして「君が代」の伴奏がある特定の教師によって為されるのか否か、生伴奏で為されるのか否かは、裁判沙汰にまでしなければならぬほどに大事なことなのだろうか。ある教師の教員生命を掛けさせてまで問題にしなければならないことなのだろうか。そうした極めて瑣末な事で争いをすることが、当事者である子どもたちにとってどういう意味をもつというのか。

そもそも「君が代」(広義の国歌と言ってもいい)を学校で歌う(歌わせる)のは、いったい誰のため?

大人が、大人の為に決めた論理で、大人を(校長も、伴奏を強いられた教員も)がんじからめに縛っている。管理する。それを子どもの一番晴れがましい「入学式」で、子どもたちに見せ付ける。はたしてこれが、教育なのだろうか?

しかし、悲しいかな、すでに東京都の教育環境においては、「柔軟」ではダメな事になってしまったのだ。個人の思いを職員室に持ち込んではダメなのだ。それを主張してはダメなのだ。いや、ダメなように「した」のだ。東京都の都政が。いや、そうした都政を選んだ多数の東京都民が。

また、国旗国家法や新しい教育基本法がそうした都政を後押ししていることは紛れも無い事実だと思われるから、こうした状況にいまあることは、東京都民に限らず、僕ら一般市民にも責がある。それらの法律・国策を「良しとした」のだから。

「管理」「上意下達」「強制」「処分」「罰」そして「国策」。これらの言葉が、学校に、地域の教育環境に、子育ち環境にジクジクと浸透していくのを、僕らは自分の子どもの背中越しに眺めている。でも、はたしてそれでいいのだろうか。
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| ぼやき | 11:15 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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日本は「極めて同質の国」 伊吹文科相

【日本は「極めて同質の国」
伊吹文科相、自民支部大会で「北海道から沖縄まで」】
北海道新聞より

 伊吹文明文部科学相が25日、長崎県長与町で行われた自民党の支部大会で「日本は大和民族が歴史的に統治してきた。日本は極めて同質的な国」などと発言した。

 日本と民族をめぐる自民党議員の発言としては、1986年に当時の中曽根康弘首相が「日本は単一民族国家」と発言し、アイヌ民族が抗議した例などがある。

 伊吹文科相は「教育再生の現状と展望」のテーマで約40分講演。改正教育基本法について述べた部分で、「悠久の歴史の中で、日本は日本人がずっと治めてきた」などと発言した。

 支部大会には、約600人が参加。夏の参院選への立候補を表明している前国見高校サッカー部総監督の小嶺忠敏氏も講演した。と語った。

(2007/02/26 01:43 北海道新聞WEB版社会面)
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20070226&j=0022&k=200702258249

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朝刊本紙に掲載された「発言要旨」によれば、
「日本は北海道から沖縄まで日本語が通じる国です。日本は極めて同質的な国です。その中でいろいろな言い伝えが祖先からあり、その言い伝えによって国の秩序は守られてきた」と発言したという。

この発言に違和感を感じないという方に、検索のすすめ。
・方言札
・同化政策
・皇民化教育
・アイヌ
・琉球

これまでも繰り返されてきたことだから、いまさらこうした発言が出ることにとりたてて驚きはしない。

しかし、喋っているのが文部科学大臣だ。しかも、わざわざ「同質”的”」などというオブラート包装した「安全表現」を選んでいるということ、また、事務所費問題でこの間さんざん叩かれたばかリだというのに…という事情を鑑みても、これはよくあるポロリ発言などではなく、とても意図的になされた発言だと言えるだろう。つまり、彼(彼ら)にとっては、社会状況がすでに「怖いものなし」の状態になっているということなのだろう。

そのうち、歴史教科書どころか、倫理社会、国語、理科の教科書、へたすれば”ブックスタート”の絵本にまで「万世一系の”言い伝え”」が採用される事になりそうだ。

毎日毎日、自分のサイトの日記にこんなことは書きたかないが、口を閉じてもいられない。個人的には、はっきりいって、かなりまずい状態だとおもっている。

| ぼやき | 11:52 | コメント(-) | trackbacks(1) | 先頭へ↑

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新日曜美術館「志村ふくみの仕事」

さっき観たNHK教育の新日曜美術館「虹色のいのちをつなぐ 染織家・志村ふくみの仕事」が良かった。志村氏へのインタビューを中心とした構成だった。

志村氏の色を巡る論考や発言には、常に「いのち」が深く関わる。氏は、糸を染める染料を「植物から頂いている」という。

花から色を「頂く」ときの話が面白い。氏いわく、染物として一番美しく色が出るのは、開いた後の花ではなく、蕾のときなのだそうだ。そしてその色は、「色が匂い立つよう」だという。

開く直前の蕾という、静から動、言い換えれば”死”から”生”への移り変わりの刹那にこそ「いのち」の本質がきらめき立ち昇る、ということなのだろう。

じつは、僕は以前、自然グラフ誌のフォトエッセイ連載の春号で、蕾にまつわる拙文を書いたことがある。それはまさに、開く直前の花が持つ濃密な色とその生命感についての僕なりの感慨だった。

今まさに野に放たれんと、ぎりぎりに引き絞られた弓矢の如く、震えるようなテンションの中にグイと充填された「至極の色」。たしかにあの色はまさに「匂い立つ」と表現すべき色なのかもしれない――。僕は「なるほど…」と一人勝手に納得しながら、氏の話を聴いた。

氏は、これから開こうとする花を摘み取ってしまうことに対して後ろめたい思いを抱いているそうだ。しかし、そうした思いを自身の背に負いながら、やはり蕾を摘み、それにより得られた至極の色で糸を染め、布を織る。花から頂いた「いのち」を色に昇華させ、織物という人の暮らしの中で活かされるものとして、新たな生の形を与えてゆく。

そうした営みを淡々と何十年と積み重ねてきた氏の姿勢。僕は大変大変おこがましくも、そんな氏の姿にいたく共感を覚えてしまうのだった。

あと、いまも氏が格闘を続けているという「赤」という色についての話もいろいろと興味深かった。

「赤」はえらく手ごわい色なのだそうだ。それはほかの何色をも助けとして必要としない、完全に自己完結した色なのだそうだ。それゆえに、色として手におえない強さがあるのだという。

だが、「赤」にまつわることで何より印象深かったのは、氏が「赤は誰もが自分の中に持っている色だ」ということを言ったあとで、ぽろりと「赤は女の色」と表現したことだ。

氏はその後すぐに「いや、人間の色といってもいいかもしれないけれど…」と言い直した。けれど、僕は「赤は女の色」というその表現に、一瞬どきりとし、しかし同時に、今まで味わった事の無い新鮮な感覚を覚えた。

氏が口にした「赤は女の色」ということばには、たとえば「男は黒、女は赤」といった手垢まみれのジェンダー的色彩感覚のいやらしさ・息苦しさ・胡散臭さは微塵も感じられなかった。むしろ、えらく重たいのだけれどその一方でじつに爽快な、なんとも不思議な響きがあった。

それはやはり、女性として生きている氏が、赤も含めた色というものをすでに自らの「いのち」の一部として自身の中に取り込んでいるからなのだろうな、と思う。

花・色・いのち。そして、生・性・静(植物)。言葉遊びにすぎないけれど、なかなか面白い。

| 芸術 | 00:34 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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丁寧に聴く

先日2月11日に旭川「こども冨貴堂」で行ったスライド上映&講演の様子が北海道新聞夕刊・旭川版(22日付)に載りました。その掲載紙が今日記者さんより届きました。

とても大きく取り上げられていてビックリ。何よりも嬉しかったのは、講演で話した内容が実に過不足なく、要点を的確に捉えて記事化されていた事でした。話した内容の要旨をここまで丁寧に汲み取って記事にしていただいたことは、いままでなかったかもしれません(文字数を多く割いていただいたということが大きいのかもしれませんが)。

取材してくださったのは若い記者さんで、なおかつ本来業務はじつは「カメラマン」。でも、記者としてなかなか素敵な人でした。取材当日にお話しをしている時点ですでに、さりげなく相手に気を配ることのできる、丁寧で実直な人なのだなぁということが伝わってきました。特に感心したのは、人の話をじっくり聴ける記者さんだったということです。

「記者が取材対象の話をじっくり聴く」。これ、至極当たり前のことのように思うのですが、じつは、それがなかなかできない記者さんというのが現実にいるもので…。ご自分のなかで「こういう記事にしたい!」という思いが一際強いのでしょうか、こちらが話の核心部分を話すよりも先に「ハイ、ハイ、わかりました。」と次の質問に移ってしまったり、資料を読めば分るような事実関係の聞き取りに不思議なほど一生懸命だったり。インタビューを受けながら苦しい思いをする事がこれまで何度かありました。

自分のことを省みれば、僕自身、人のいう事にじっくり耳を傾けられないところが多分にあります。はっきり言って、とても人様の事をとやかく言える立場の人間ではありません(もしカミさんがこれを読んだら「うんうん!」と頷くだろうな…)。でも「人の話を丁寧に聴く」ということの大事さ、そして、それがきちんとできることの貴さは、よくわかっているつもりでいます。

丁寧に聴く事。それは、「相手と同じ位置に立ち、相手をひとたび自分の中にきちんと受け入れる」ということに通じます。人と人が出会えば、何をするでも、まずはそここそが出発点。全ての「意義ある関係」の芽生えはこれに始まるといっても過言ではないのでは、と思います。

でもこれって、結構難しい。人には自我がある。関係を築こうとすればするほど、無意識の自我がむくむくと己の中で肥大して壁となり、他者への寛容を抑制してしまう。かといって、自我を完全に捨て去れば、そこに築かれる関係はえらく味気無いものになる。むしろ、関係をもとうとすることの意味自体が消えてなくなる、と言ってもいい。

きちんと己の自我を大切にしながらも、しっかり「聴ける」人間になりたい。つくづくそう思います。じつは僕は、森に通い、そこで木々の佇まいに触れるようになってから、なおさらそれを思うようになりました。

さて。(はい、ぼやきます。論旨も脱線します。)

いま僕らが生きる世では、どれだけ「丁寧に聴く」ということが大切にされているでしょうか。今の社会は、個人のというよりは、ある「集団的自我」が不気味なほどに肥大化し、結果として、恐ろしいほどに寛容さを失った人の群れになってはいないでしょうか。また、本来個々人の自我を大切に育てるべき心の培地に、そういった得体の知れぬ非寛容な「集団的自我」を、「これ、美しいんだから…」なんて言って、しゃにむに植え付けようとしてはいないでしょうか。まるで60~70年前にやったきたように。

こんなことでは、丁寧に聴く事はおろか、丁寧に話すことの能力すら失って、ケダモノに堕す危険すらあるように思えます。いや「機械」に堕す、といったほうが時事的な表現でしょうか。実際、すでに堕して久しい人々が、「丁寧に話せなくなってしまった」ことにより、今まさに脚光をあびていますものね。

いま、いくら「国際協力が大事だ。国際協力できる国にしよう!」なんて叫んでみたところで、こんなふうに聴く事・話す事が満足にできないのであれば、根本的に価値観の違う海の向こうの他者と良好な関係を築けるわけがないのですが…。小学生に英語を教え込む前に、もっとやるべき事があるでしょうに…。

え?いざとなれば金の力でなんとか関係を築くから大丈夫だって?え、そもそもこっちの言い分だけが通ればそれで「対話成立、関係成立」ってことにしちゃうの?で、もしそれが適わぬならあとはゲンコツをちらつかせて、と?そうか、それで今、やたらと「ゲンコツ・ちからコブ」を鍛えようとしているのだな。

うーん、これだとやはり、ケダモノ以下ですね。で、やっぱりこれ、60数年前にやらなかったっけ?

さ、大事なうちの子ども達がまんまとケダモノや「機械」にされてしまわぬよう、常に気をつけていよう。

| ぼやき | 23:42 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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厚労相批判女性は「さびきった機械」 高知市議

【高知新聞WEB版より転載】

 高知市議の島崎利幸氏(72)=自民党、六期=が22日、4月の市議選出馬に向け市内で開いたパーティーで、柳沢伯夫厚生労働相の「産む機械」発言を踏まえ、「社民党党首の福島(瑞穂)さんは、機械のさびきった、子供の産めないおばさん連中を引き連れて『大臣辞めろ』と言っている」などと述べた。

 パーティーには岡崎誠也高知市長や森下博之前参院議員ら約300人が出席。島崎氏は「地方の市議がなんぼほえても問題にならんだろうから言わせてもらう」と前置きし、「産む機械」発言をめぐって国会審議を拒否した野党側を批判する中で発言した。

 島崎氏は、先に開かれた同党県議選候補の総決起集会のあいさつでも同様の発言をしたといい、「女性からは『そんなこと言うもんじゃない』、男性からは『男はだいたいそう思うちゅう』と(言われた)」「悪いことを言ったとは思ってない。あと4年間、言いたい放題言わせてほしい」などと述べた。

高知新聞 2007年2月23日

原文→http://www.kochinews.co.jp/0702/070223headline11.htm

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この国で、僕の2人の娘をどう育てていけばいいのか、本当にいま心が苦しい。

| 暮らし | 21:46 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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”オファー”と言うのだろうか…

このところ何かと「依頼」の電話・メール・手紙が多い。

地元の写真愛好家の方から電話で「新宿写真展で展示した写真を見せてもらえないか」とお声を掛けていただき、出かけていっていろいろと写真談義で楽しんだ。その方のお蔭で、町内の某所でいろいろな表現をする人たちが集まる共同アトリエに仲間入りさせてもらえるようになった。人と会って話をすると、世界が広がるのです。

また、やはり地元の方で、前々からお名前は伺っていたけれどお会いするチャンスが無かった「森を愛する」Aさんより手紙を頂く。今度森のお話をしませんか、と。

あと、所属する「北海道子どもの本連絡会」からは会報に載せる原稿執筆の依頼が2つ。一つは「自作を語る~森のいのち」。あとひとつは「新入会員です、よろしく」。僕は去年の7月末に会員になったばかりのバリバリ新入生。でも一方で、当会主催で今夏行われる大会の実行委員長にもなってしまっていて(ただ単に大会開催地の町民であるということでえらばれてしまった訳なのですが…)、その挨拶も兼ねた文章です。実行委員長は新入生…。うーん…。

昨夜は、隣町で自然ガイドをしている友人から「書き溜めてきた文章を本にしたいのだけれど、アドバイスを…」とのご依頼。WEBサイトに掲載された本文を読むと、結構ボリュームも有り、生き生きとした文体の「釣り紀行」。おお、なかなかいいジャン。でも、僕自身まだ1冊しか著作を出していないから、なかなか気の利いたアドバイスができないのです。ごめん…。

アドバイスと言えば、神奈川の旧友からは「コンパクトデジカメ、どれを買ったらいいかなぁ?」というご相談も。こればっかりは、いろいろな機種があって、ほんとに悩むよねぇ。で、悩んでいるうちに新しい機種がでるんだよね。ある意味で小さな欲の無間地獄。あんな機能も便利かな、でも、こっちの方が安いしな…、と、意志薄弱な僕は、なかなか「これ!」というアドバイスができないのです。こちらのご依頼も、やっぱり、ごめんなさい…。

さて、肝心の仕事の依頼は?というと、東京の某イベント企画の会社の方から、とあるイベントに写真をお借りできないかという仕事のご相談。その企画の依頼主さんは、じつは前々から僕が「自分の写真はこういう業界の広告に使われたら活きるのではないかなぁ…」とぼんやり考えていた業種の企業。まだこの企画がとおるかどうか分らないが、もし採用されることになったらとても嬉しい。

その他、スライド上映イベントのご依頼もいくつか立て続けに入り、なんだか忙しい。まことに有り難い限りだが、浮き足立たないように気持ちを引き締めていこう。身近で大切にすべき事を、まずはしっかりと成して行こう。こういう状態の時が、人間、一番危ない。

| 仕事 | 15:50 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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小さなこころみ

寝坊した長女を大急ぎで保育所に送り届け、その足で町内の「町民活動支援センター」事務所へ。今日午前中はここで、地元の子育て(子育ち)ネットワークの人たちとお話。15日の日記で書いた「子どもの本関係の講演会」を地元でいっしょにやりませんか、というお誘いをしに。

皆さんとても協力的で、なんだか楽しく準備を進めていけそうな予感。いいイベントができるといいな。

しかし、この忙しいときに、なぜわざわざ講演会の企画など立て、それに携わろうと考えてしまったのか…。自分の本業である写真撮影さえもままならないというのに。自分でも「なにやってんだろうなぁ」と呆れます。昨年からずっと棚上げになっているもろもろの仕事もあるのになぁ(お待たせしてしまっている皆さん、すみません…)。

でも、なんだか自分で動きたいのです。インターネットで愚痴や文句、苦言ばっかり垂れているのではなくて。自分が住んでいる地元で、人と触れ合いながら、何かを。「写真でものを表現したい」というのとはまたちょっと違う欲求が沸いてきてしまったのです。

| こども | 23:58 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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「たう」コンサート

午前中、隣町の小学校で行われた「たう」のコンサートに家族全員で参加しました。

「たう」は北海道内在住の女性一人(波多野さん)、同じく男性二人(宇井さん、塚田さん)からなるバンドで、10年程前から主に北海道内各地で演奏活動をしています。生活に根ざした温かな眼差しから紡がれるやさしいうたは、大人も子どもも心安らかに楽しめます。昨年には待望の2ndアルバムも完成し、つい2日前には塚田さんのソロアルバムも完成しました。

たう→http://www.terra.dti.ne.jp/~memu/WWW/index.html

僕自身は、11年前にある市民集会のゲストとして演奏していた宇井さん・塚田さんの唄を聴き、彼らのことを初めて知りました。じつはそのとき、ある曲に鳥肌が立つという経験をしました。で、終演後、「鳥肌が立っちゃいました」と話し掛けたときの彼らの対応のなんともいえない優しさと気取らなさに、さらに印象を深くしたのでした。

その後、偶然携わる事になった映画撮影の縁で十勝・新得町に通うようになり(その後住民票を移して住むようにもなるのですが)、そのスタッフと地元の人との懇親会の席で宇井さんに再会。宇井さんは新得町で有機農業をしながらミュージシャンとしても活躍する人だったのです。

それからというもの、たうの皆さんとは種々のイベントで何度もお世話になっていて、いつも楽しくやさしい唄を楽しませてもらっています。

今日も小学1~6年生を前にとっても楽しいステージ。うちの4歳の娘も、手拍子こそしないものの、じっと食い入るように演奏を見つめています。

うちの子、特に大人数が集まってワイワイと盛り上がっている場所などでは緊張して固まってしまうところがあります。なので、じつは、コンサートは苦手。でも、今日は「もう帰る…」と言うことなく、演奏をじっと凝視しています。娘がこういう眼差しをしているときには、かなりその物事を気に入っている証。

果たして、うちに帰ってみれば「あの唄、もっかい聴く!次はこれ!あ、さっきのヤツ、もっかい!」と、夜がふけるまで「たう」CDがヘビーローテーションなのでした…。

| 音楽 | 22:23 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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こども、教育、地域

今朝のNHKニュースより

【教員免許もつ官僚を教壇へ】
「文部科学省は、深刻化するいじめの問題や学力の低下など教育現場が抱える課題を的確につかみ、政策づくりなどに役立てるため、教員免許をもついわゆるキャリア官僚ら数人を、ことし4月から1年間、中学校に派遣し、教壇に立たせることになりました。」
(2月15日 6時57分)

公教育を管轄する役人に現場の姿を知らしめようとのことだろうが、こうした取り組みが度を越して行われるようになり、それにより職員室の硬直化が更に進むことにならぬよう切に願う。「管理」や「処理」といった役人的発想ばかりが学校の中に注ぎこまれぬよう願う。「組織のなかでいかに生き残るか」なんていうエリート処世論で学校が染め上げられてしまわぬよう、願う。

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ところで、地元芽室町に、地域と子育て(子育ち)というキーワードで何か行動を起こそうとしている有志の人々のネットワークがあります。

今年はせっかく芽室町で「北海道こどもの本のつどい」という大きなイベントがあるので、まずは「子どもの本」という切り口で町の教育環境を考えるような動きがゆるやかにでも起こせないかなと思い、こんど、その方々と懇親会を持つことにしました。

具体的には、7月末の「つどい」に先立ち、6月くらいに子どもの本の専門家を芽室に招いて講演会でもやりたいと個人的には願っています。じつは講師の候補ももう立ててあります。

役場・行政・官僚に頼るのではなく、自分達の手で地域を作り、教育をつくる。そんな動きを、ほんとにゆるやかでもいいので、作っていきたいな…。

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そういえば、僕が札幌にいたときに勤めた学習塾の塾長は、ニールの「自由学校」に自分の教育の理想を求めていた。ただ、大阪出身の在日韓国人である彼が幾多の差別の中で自らの生活を成立させてゆく為には、本人曰く「いまは、矛盾を感じながらでも、受験対策指導塾をやるしかないねん!」とのことだった。

でも、彼が塾経営のなかでやろうとしていた事は、切り口は「受験対策塾」であっても、それはどこかで、「地域」を作ることや、その核になる「人」を作る事だったように思えた。

彼は、毎年夏に塾主催で行う「夏のキャンプ」に並々ならぬ熱意を注いでいた。それは単に子どもを勉強漬けの日々から解放するためだけに催されるのではなく、そのキャンプ地周辺に住み、キャンプに携わってくれる種々の部外者(大人たち)の生き様を子ども達に見せることや、また、「教える・教えられる」という固定化された関係のなかで日々接している講師達の「生身の人間としての側面」を子ども達に見せることにも大きな目的を置いていたように思う。

日常の学習指導にしても、彼は、生徒個々の学力向上の向こうに「人格の成長」や「さまざまな”観”の確立」を見据えていた。塾を巣立った後でかならず向き合わねばならぬ「私はどう生きてゆくのか」という問いに、自らで答えの片鱗を見出す為の「底力」を育てようという意識を明確にもっていたように思う。

そして実際に、それはすこしずつ実を結びつつあるように僕には見えた。

彼の塾には、彼を慕ってか、それとも単に居心地がいいだけなのか、いまや大学生や成人となった何人もの卒塾生たちが「帰って」くる。そして、教材の準備を手伝ったり、キャンプの計画を練ったり、ついには自分の専攻科目を活かした補助講師として手助けをしたりと、塾とかかわりをもち続けていた。

彼らのうちの多くは、就職とともにそれぞれの活動の場へと再度巣立ってゆくのだが、中には、専従の有給職員として塾で働きはじめる卒塾生も何人もいる。

民間の中小規模の受験対策・学習指導塾が、子どもの成長の確かさを目の当たりにできる場となり、子どもにとってはある意味で「自己実現」の場としても機能している。ここでは確かに「人」が育っており、それゆえに、塾という「場」も日々成長している。

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たとえほんとうに小さな人々の集まりであっても、心通う教育の現場を創出する事はできるのではないか。行政に頼り切って自分の子どもたちの教育を云々する時代は、いままさに終焉を迎えようとしているように感じる。

| こども | 10:14 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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こども冨貴堂写真展

ついさっき、旭川から戻りました。今日まで行われていた「こども冨貴堂」での写真展のイベントと撤収のために、1泊2日で滞在していました。

昨日は会場2階でスライド上映とトーク「自著を語る」。20名ほどの参加があり、結構な盛況でした。店長の福田さんにも上映内容を気に入っていただけたようで、「このスライド上映、今年の芽室の”集い”でもやってちょうだいね!」とリクエストを頂きました。

”集い”とは、僕が昨年から所属している「北海道こどもの本連絡会」が主催するイベントで、毎年北海道内のどこかの町に児童書や絵本に携わる人達があつまり、聴講や研修をする集会です。

今年は”集い”の30周年で、記念すべき大会。で、なぜかそれを我が町・芽室町でやる事になっているのです。そして、なぜかなぜか、僕、今回の実行委員長なのです…。

えー、このイベント、一般参加も大歓迎です。関心のある方はぜひご参加を!小寺卓矢写真展もやりますよ!(と、主催者らしく参加の呼びかけをしてみたりして…)

さて話を「こども冨貴堂」に戻し…。今日、写真展最終日は朝から会場につめていました。夕方の撤収間際まで、いろんな方が訪ねてくれました。

旭川で森林管理のNPOを立ち上げようとしているJさんと、彼を僕に紹介してくれたHさんとは、旭川市内の丘陵地帯(山の中?)で自然に近い暮らしをされている「山暮らし仲間」。今度お二人のすてきな暮らしぶりを見学させてもらう約束をしました。

札幌の絵本屋「ひだまり」スタッフのFさんと、店長Aさんのお姉さまが、時間帯は別々だったとはいえ図らずも今日偶然にご来場。

そのほか、仙台でプランニング会社をされてるMさん、カミさんの旧友のYさん、帯広在住で絵本や憲法9条関係で共通の感心事をもつNさんご夫婦などなど、初めて会う方、久しぶりの方、沢山の方々と楽しい時間を過ごしました。

なによりも楽しかったのは、東京の幼稚園生のKくんとのひととき!写真展のお客さんというよりは、絵本屋こども冨貴堂のお客さんとして来場してくれた彼は、かなり動物に詳しい博学少年。動物の絵本を見ながら熱心に動物の生き様とその魅力を語ってくれるのですが、それがとにかく、知識豊富で面白い!5歳にして、すでに動物研究者の風格さえ漂います。

「さて、ユキヒョウはどこに住んでいるでしょう?ネパールとかの中央アジアです!高ーいところに住んでいるから、寒さに強いのです。大きく見えるけど、身体はクロヒョウなんかより小さいんだよ。毛が長いから大きく見えるの。毛の長さは12センチくらい。」

Kくんは明日、旭山動物園に行くのだそう。お目当てはクロヒョウ。大好きな動物のなかでもヒョウが一番のお気に入りなのだとか。そんなK君に「北海道に住んでいる動物もなかなか良いよ!」と、シカの落ち角やエゾリスの食痕クルミを見せてあげてあげながら、わいわいと楽しく最終日を過ごしたのでした。

| 写真 | 23:46 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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親ばか日記―娘の絵に思う

4歳の長女の描く絵が、なかなか良い。

保育所で日々お友達とお絵かきの研鑚をつんでいる影響が大きいのだろうけれど、我が子ながら、最近とっても素敵な絵を描くようになった。

先日僕の母が来ていたときには、カレンダーの裏紙を壁に貼り、大きな誌面いっぱいに、大好きなピンクのペンで、にっこり笑った女の子数人が咲き誇るタンポポ畑で楽しそうに遊んでいる絵を描いてみせた。

それが、なんとも無邪気で、純粋な希望と喜びに充ちていて、文句のつけようがないくらいに幸せいっぱいなのだ。

見る人の心を動かしてやろうなんて胡散臭い作為は全くなし。見目麗しく見せようという腹積もりは微塵も感じさせない(上手に描こうという色気は若干あるかもしれないが…)。

基本的には、ただ単に、そこに描きたいから描き、そこを塗りたいから塗った。その絵が、そのままで、紛うことなき幸せに充ち、喜びを存分に放出しているのだ。

誇張ではなく、この絵が持つ極めて前向きで一直線な開放力に、僕は思わず「すげっ…」と声を漏らしてしまう。

自分の写真の事を考えてみる。僕の写真はこれほどまでに純粋だろうか。これほどに「根源的な力」を持ち合わせているだろうか。

見えすいた手練れの作為ほど、時として醜いものはない。それは、作品を台無しにしてしまうどころか、その作品が世に生まれた意味や、当の作家が存在することの意義さえも、一瞬のうちに無に帰するだけの危うさを孕む。

僕はそのキケンとどれだけ距離を置いて歩むことができているだろうか――。

いま我が家の白壁に貼られた娘の絵は、屈託無い笑顔を居間に振りまきながら、実はそのことを密かに僕に訴えかけているように思えてならない。

いや、考えすぎか。訴えかけようとしないからすごいのか。

| 写真 | 23:48 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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体調も戻り…

5日ぶりの更新になります。

不覚にも新宿での写真展最終日に風邪をひいてしまい、フラフラの状態に。自宅に戻ってから昨日まで、起きては床に臥しを繰り返し、今朝からようやく本調子になりました。

実は今日まで3日間、僕の実家から母が孫の顔を見にやってきていたのですが、僕は寝室でほぼ寝たきり。楽しいはずの「孫見せ」も残念なものになってしまいました。体調管理の不徹底を痛感し、反省しています。

さて、なんとか体調も回復したので、そろそろ動き始めないと。写真展で世話になった方々への連絡や、3月にたて込んでいるスライド上映会や講演会の準備など。写真展の会場で依頼を受けたある情報誌への寄稿も内容を考え始めないと。何より、久しく訪ねていない阿寒の森へ撮影に出かけたい…。家族孝行もたっぷりしたいのだけれど、いろいろやる事はあるものです。

そうそう、2月11日には、現在旭川で開催中の「森のいのち写真展」の最終日(2/12)にあわせて、会場となっている旭川・こども冨貴堂の2階でスライド上映会を行う事になりました。

13:30くらいから1時間ほど、森の風景のスライド上映および写真絵本「森のいのち」の”スライド上映読み語り”、それと「自著を語る」という感じのトークをします。多分、参加費500円くらいで、特に予約などは必要ないと思います。お近くの方はぜひ。詳しくはこども冨貴堂までお問い合わせください。

こども冨貴堂
北海道旭川市7条8丁目平和通買物公園内
電話0166-25-3169

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編集

新宿写真展・最終日

会期中は毎日日記を更新することを自分に課していたのですが、昨日は家にたどり着いて、急ぎのメールを数本書くのが精一杯。ばたん、きゅーでした。

さて、おかげさまをもちまして、新宿での個展が無事に終了いたしました。ご来場いただいた方々、また、ご友人に紹介していただいた方々、DMハガキの発送を協力してくださった方々、本当にどうもありがとうございました。皆さんのおかげで充実した毎日を送ることができました。本来ならばすべての方々に直ちに個別にお礼を差し上げるべきなのですが、まずはこの場を借りてお礼を申し上げます。

毎日が出会いの日々でした。多くの方々に激励をいただき、とてもはげまされました。昨日の日記にはあれこれと自分の作品についてネガティブなことも書きましたが、一方で、とてもたくさんの方々より、作者として冥利に尽きる素敵な感想をいただくことができました。

少し気恥ずかしいのですが、芳名帳の横に設置しておいた感想ノートより、寄せられた感想をいくつかを紹介します。会場にお越しいただけなかった方々にも、この個展の様子を多少なりとも知っていただけたらと思います。

・普段はつい見過ごしてしまう小さな景色にも目を向ける作者の暖かさがにじみ出る作品ばかりでした。
・今、山に行けない分、深呼吸させていただきました(山好きの妊娠中の友人)
・立体的でせまってくる様でした。自然はすごいと思いました。
・影の部分にも多くのことが写されている事を感じました。
・生き生きとした、生命の躍動を感じました!
・森って宇宙ですね。心が洗われるようでした。
・写真展のタイトル通り、森の息遣いが体感できるような空間でした。
・大自然の不思議な造形に、心の安らぎを覚えました。
・小寺さんが森をただの”景色”としてではなく、”いのち”あるものとして捉えていらっしゃることがとてもよく分かる写真ばかりでした。
・小さい頃、自然から得た感覚が戻ってきました。大切なことを思い出しました。

わざわざこうして書き出してみると、やはり、作者としてはかなり面映いですね。でも、作品を観てこのように感じていただけたことは本当にありがたい限りなので、紹介させていただきました。

もちろん、前の日記にも書いたとおり、個展の会場でいただけるのは、おおむねこうした「好評」がほとんどです。作品の至らない部分への批評はなかなか声になりにくいもの。その「声なき声」は自分自身で気付いていかなくてはなりません。毎日自分の作品と向き合うことで感じたこともいくつかあります。今後の課題もみえました。

いずれにしても、多くの方々に、森のいきものたちの”いのち”の様を観ていただき、そこに何かを感じていただけて、本当に嬉しいです。森と向き合ってきてよかったなぁとつくづく感じました。

またどこかで皆さんに作品達をお目にかける日がくることを願っています。本当にどうもありがとうございました。

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