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2007年08月 | 月別の日記 | 2007年10月

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いろいろ

■25日
先日長沼の絵本屋で買った本(絵本ではなく一般書だが…)、志村ふくみと鶴見和子の対談録『いのちを纏う』を昼間に一気読み。色と”きもの”にまつわるあれこれ。非常に刺激的。二人の色彩論への共感と、自分自身の普段のいい加減な姿勢に、少なからぬ反省を覚える。

それにしても、これまでに購入した鶴見和子の著作3冊は全て、それぞれ異なる「絵本屋」で手に入れたことになる。本の内容事態は決して子供の本関係では無いのだけれど…。不思議なのもだ。

■26日
撮影に出かけた阿寒で、写真家Oさんと会う。「写真家」と書くと、Oさん本人は謙遜して「まだ写真家ではありません…」というかもしれない。そう、今年釧路の大学を卒業したばかりの若手で、いま道内の大御所写真家の下でアシスタントをしながら作品を撮りためているそうだ。

Oさんとはネットで知り合った。「モノクロ暗室を始めたい」というので、僕が以前つかっていた暗室機材一式を譲る事にし、今回阿寒ではじめて会い、機材を引き渡した。

Wynn Bullockが好きだという彼は、デジタル全盛の今、あえてモノクロフィルム&プリントの自家処理作品を作っていきたいという。どんな作品が彼の感性と手によって生み出されるか、たのしみだ。

■27日
撮影中にカメラが故障。ボディー内の絞り制御レバーが動かない。全て絞り開放で映ってしまうので、どうしようもない。

奇しくも、僕が使うニコンからつい先日、最新鋭のプロ用機種発売の発表があったばかり。カタログや雑誌の特集記事を見る限り、かなり良く出来たカメラの様子。11月発売だという。「いっそのこと、これを機に…」と心が動く。でも、先立つものが…。

写真をやることって、つまるところ、なんだかいつでも「先立つもの」との闘いだなぁ…。

■28日
阿寒から釧路に出る。市内で開催された長倉洋海さんの講演会を聴講。メッセージのこもったいい講演だった。その会場で、11月に札幌で企画してもらっているある写真展&講演会の担当者と打ち合わせ。

自宅へ戻る途中、大きな本屋に寄って、2冊ほど読みたい本を仕入れる。講談社文庫/所功著『伊勢神宮』、ちくま文芸文庫/ゲーテ著『色彩論』。

後者は、25日に読んだ『いのちを纏う』の中で紹介されていて、ぜひ読みたいと思った。他にもシュタイナー著『色彩の本質』という本も紹介されていたのだけれど、あいにく書店に在庫なし。

隣の書棚に、以前から読みたいと思っていたフレイザー著『金枝篇』を見つけたので代わりに買って帰ろうかとも思ったが、岩波文庫のものは5巻物の長編。しかも難解。数ページ立ち読みして怖気づき、購入はしばらく後にする事に。

何か面白い本を1冊読むと、その関連図書で読みたいものがどんどん増えて、それが楽しくもあり、また困った事でもあり…。

■29日
午前中は、帯広のある写真館のアルバイトで、中学校文化祭のアルバム写真撮影。各クラスが発表する趣向を凝らしたステージ出し物が楽しい。演劇あり、「笑点」のパロディーあり。どのクラスも、失敗だらけのグタグタ感や予期せぬ間が、なんともいえず可笑しくて、会場も、演じている本人達も楽しそう。

午後帰宅すると函館から電話が。10月1日から開催の函館市中央図書館での写真展の展示作業をしてくれている方から。

こちらから発送した作品のうち、アルポリック大判作品が1枚変形してしまっているとの事。搬出前に入念な作品状態チェックをしてから発送したので、ほぼ間違いなく運送会社の搬送中のミスによる損害だろう。宅配業者に連絡し、対処。

幸い保険をかけておいたので、経済的損失はカバーできそうだけれど、結局その作品は函館展示でも、またその直後に予定している北海道開拓記念館の展示でも使えない事に…。まいったなぁ…。

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あらら、困った事ばかりの日記になってしまった…。
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| 写真 | 17:02 | コメント(-) | trackbacks(1) | 先頭へ↑

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新聞

■9月23日北海道新聞朝刊国際面。ロンドン発のレポート記事「戦禍よそに”死の商売”―英国で世界最大級兵器見本市」が良かった。

■例えばアメリカやイスラエルのやり方を見せ付けられるなかで、世界各地の市民の間には「戦争」という暴力的政治手法そのものに対する批判が高まってきている。しかし悲しいことに、戦争を根底から支える「死の商人」達の活動は依然として盛んだ。それを批判的観点からレポートしたのがこの記事だ。

■記事中で僕が感心したのは、大手日系企業がその見本市に参入していることを、会社ロゴがばっちり写った写真付きで実名報道していたことだった。ちなみに、記者自身の署名記事でもある。

■その企業は「富士通サービス(英国)」。会場の一等地にブースを構え、「(富士通は)軍を支援します」というポスターを掲げていたという。記事によれば、富士通サービス側は「わが社の製品は情報システムであり、武器そのものではない」と強調しているらしいが、実際に武装車両の見本が居並び、ミサイル、小銃、戦闘機のバイヤーがたむろする会場にブースを構えるということが何を意味するのかは、専門家の解説を待たずとも自ずとわかる。

■そうした日系企業の「軍需商売」への関与を、相手が国内大手企業の関連会社であろうとも実名で批判的に伝えるという姿勢が、良かった。新聞が、大口の広告主でもあるかもしれない大手企業・富士通に、ある意味でケンカを売るようなものだからだ。

■しかし、そもそも新聞のつとめはそこにこそあるはずだ。相手が広告主であろうと、財界有力者であろうと、警察権力であろうと、新聞はそうした「力あるものたち」に対して、必要に応じ、「市民に知られざる事実を伝える」という信念に基づいて果敢にケンカを売りつづけなければならない。僕はつい「感心した」などと書いてしまったけれど、これはそもそも、新聞としてあたり前のことなのだ。

■軍需産業への日本企業の関与を批判的に論じるのであれば、富士通1社の名をあげたところでそれは「焼け石に水」ではある。旧財閥系の重化学工業会社をはじめとして「死の商売」に関わることで儲けをあげている企業が他にいくらでもあることは、僕ら一般市民にだって容易に想像がつく。

■それを思うと、今回の突っ込みはまだまだ甘い。(道新に限らず、マスコミって、例えばイランや北朝鮮に関係する軍事技術流通のことは「すわ一大事!」と大騒ぎするのにね。変だよなぁ…)。いっそのこと、北海道新聞にはこれをシリーズ化し、軍事と商業主義のタブーそのものを果敢に暴きだす特集にまで高めてもらいたい。

■一方で、「そりゃ、まず無理だろう…」とも思う。それがマスメディアですいすいとできるのであれば、それこそ日本はすぐにでも「真の構造改革」を果たしてしまう。それくらいいまの世の中、全てが「商業主義」に毒されている。

■しかし、そうした「無理じゃないの…」と言いたくなるところに敢えて大なり小なりの突っ込みを入れる精神が、いまのジャーナリズムには絶対的に必要とされていると思う。いや、ジャーナリズムだけじゃなく、マスコミュニケーション全体、そして、市民の在り様にしてもまた然りだ。

(論点は少しずれるが、例えば、繁栄の絶頂にある者は総動員でチヤホヤとはやし立てて人気を煽り、それに便乗し、いざ不祥事だ!疑惑だ!で落ち目・弱体となれば、さっと手のひらを返して総動員で叩けるだけ叩く。いじめるだけイジメる。そうした大人気ないやりかたは、ほんと、もう止めたほうがいい。本年9月12日をもってして。子どもの教育に、本当に良くない。)

■過去において、権力の権化・北海道警察の不正に勇猛果敢に突っ込みをいれた(あとで尻込みしちゃったけど…)北海道新聞には、今後も期待したい。僕らは、知らない事・知らされていない事が多すぎる。もっともっと、世界を知らせて欲しい。

■しかし、テレビでは無理だろうな…。たとえ企業スポンサーの縛りの無いNHKだろうと、現状では99%、無理。ダンボール肉まんに喜んで飛びつき、挙句の果てに右往左往している体たらくでは…。

■付け足し。日本の僕らが知らないこと、いや、敢えて知らされないようになっている事柄に触れることが出来るメディアのひとつに、ドキュメンタリー映画がある。そのなかでも、昨日の日記にも書いたが、2006年完成の映画「ウリハッキョ」は、観る価値の高い映画。チャンスがあれば、ぜひ。

| 未分類 | 11:49 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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最近いろいろ

■15~16日
新得空想の森映画祭に参加。12回目の今年も、変わらぬ柔らかな雰囲気。久しぶりの友人達と楽しいひと時。また、ゲストの方々(映画作家、ミュージシャン)と新しい出会いも。いま話題の映画「ウリハッキョ」は、間違いなく今年の必見映画。

■18日
小樽市の小学校で講演会。3学年ずつ、午前と午後で講演。ここでもまたPTAの方のなみなみならぬ尽力に感謝。Kさん、ありがとうございます。

夜は子供の本関係のTさんと札幌市内で食事。美味いパスタとワインで調子が上がり、Tさん宅で2次会に。サシでワインを飲みながらいろいろおしゃべり。話題は児童文学から山の民・山間文化のことまで多岐にわたり、愉快。しかし、朝5時までは、飲みすぎか…。

■19日
昼に起き、札幌市内へ。所属する団体事務所で販売品の清算と集金。その後、世話になっている出版社ナチュラリーへ相談ごとに。自然グラフ雑誌「ファウラ」の次号の特集について歓談も。なんたってそのタイトルが「ブラキストン線」ですもの。はっきり言って、じつにマニアック。こんな特集を果敢に組んでしまう「ファウラ」編集部に、こころから敬意(笑)。

夕方、長沼の作家Kさん、Tさん夫妻を訪ねる。知人のHさんも一緒に美味しい野菜と青森の日本酒に舌鼓。宿泊も世話になるので、時間を気にすることなく心行くまでおしゃべりを楽しんだ。Kさんとは以前からゆっくり話したいと思っていたので、良かった。絵本のこと、創作のこと、子育てのこと、戦争のこと…。

■20日
Kさん宅で起床。Kさん夫妻と一緒に家の周りでキノコ採り。ヤナギタケをたくさんとって、味噌汁の具にしていただいた。幸せな朝食。

その後、Kさんご夫妻と共に札幌市内へ。前日より始まった書家・絵本作家の乾千恵さんの個展会場へ。残念ながら千恵さんは他の場所へ外出中で会えず。

Kさん夫妻と別れ、市内のラジオ局へ。ディレクターFさん、DJ・Kさん、イラストレーターのMさんと久々に会う。近くのパスタ屋で食事をしながら近況や、進行中の企画のことなど、いろいろ歓談。

先日行われたKさんMさんのコラボレーション展示企画が大成功だったようで、ぜひそれを帯広でもやりたいなぁと思う。また、Fさんが進める企画にも興味津々。特に「F」がキーワードの企画は、個人的にもぜひ関わりたい。いま僕のなかでは「F」がヒットだ。全容は、FさんのGoサインが出たら公開。

札幌を後にし、自宅へ向け車を走らせる。途中携帯がなる。帯広の友人のAさんより。さっき訪ねた乾千恵さんの個展会場からだとういう。Aさんと千恵さんは友人なのだ。で、個展会場の芳名帳で僕の名前を見て、電話をくれた。いま千恵さんと一緒にいるという。

千恵さんとは、僕自身はまだ面識がないのだが、Aさん以外にも共通の知人が多いこともあり、ぜひ会いたいと思っていた。で、おおラッキー!と喜んだのだけれど、Aさんの携帯が不意に電池切れ。千恵さんとの初顔合わせはしばらく先のことになった。

携帯に出るために車を停めたついでに、ふと思い立って針路変更し、由仁町のIさんを訪ねる。Iさんは、あるドキュメンタリ映画取材で出会った女性。終戦直後、満州で起きた痛ましい「開拓団集団自決」事件の証言者だ。

当時20代の若き教員だったIさんが語る、幼い教え子達の無残な死のようすを聞くたびに、僕は本当に胸が苦しくなる。そして、引き上げ後、由仁町で実直に農業を続けながら、常に教え子達の無念の死を思いつづけるIさんの生き様にも、胸が熱くなる。

Iさんと会うたび、僕は、やはりあの戦争は終わってなどいないのだと思わずにはいられない。そして、その痛みを引きずりながらも、世界はなおも戦争をやめようとはしない。止めるどころか、「力」を持った人間達はいまこのときも、新しい戦争を始めようと着々と準備を進めている。僕らは、それを見て、知っている。

Iさんと会うと、そうした僕らの「いま現在の立ち姿」が、巡り巡ってこの華奢なIさんの身心に、さらにずしりと重たい重荷を負わせているのだという事実に、リアルに気付く。

高齢のIさんの身体も気になる。ご主人が長く入院されていて、Iさんは家に一人。華奢な身体で農作業を続けている。骨折したり腰を痛めたり、といった近況を聞いていたので心配していたが、訪ねると、とても元気そうな様子でホッとした。

Iさんの作った美味しいトマトとトウキビをご馳走になりながら、夕方まで二人でおしゃべりをした。そして、決して広いとはいえないIさん宅の居間で、押し売り同然に僕がお見せした「森の写真スライド上映会」を見ながら、Iさんは「これ、何度も見たいね。子供たちにも、何度もみせたいね」と、ニコニコと喜んでくれた。僕も嬉しかった。

■22日
午前、近所に借りている写真保管場所で、10/1からの函館写真展の準備。午後、家に戻ってメールをみると、いつもお世話になっている元学校長Wさんから一通の訃報が届いていた。それは、やはり僕が大変お世話になった元校長T先生が昨夜亡くなった、というものだった。

数年前、T先生には何度も「うちの学校の子供達に森のお話をきかせてあげて欲しい」と講演を企画してもらっていた。そして、そういうT先生こそが、拙い僕の話を他の誰よりも真っ直ぐに、心で聞いてくれていた。こんなに素敵な目をした管理職がいるのだ!と、T先生と会うたびに僕はいつも思っていた。

先生の退職後はしばらくご無沙汰していたが、昨年「森のいのちを20部ほど送って欲しいのだけれど…」と直接お電話を頂いた。その時、出会った頃の先生とはまるで別人の、ずいぶんと張りのないお声にとても驚いたのを覚えている。今思えば、きっとあの時点で、かなり体調は悪かったに違いない…。

あのときT先生が「森のいのち」をどのような気持ちでご用命くださったのか、それを思うと、なにか胸の奥がツンと痛くなる。そして、T先生との出会いの意味をよく噛み締めながら生きていこうと、いま強く思っている。

| 未分類 | 00:52 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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やっぱり、当たり前に尽きる

■さっき、講演会を一つ終えてきた。帯広市立栄小学校PTA主催講演会。PTAの方々はもちろん、校長先生はじめ教員の方々、またなによりも子供達がたくさんきてくれて、本当にじっくり写真を観、話も聴いてくれた。嬉しかった。企画してくれたPTA役員の方々に本当に感謝。

■しかし、こうして地元十勝でスライド上映会や講演会をする機会が今年になってぐんと増えたなぁ…。僕にとってはそれもまた本当に嬉しい事だ。スライド上映活動を始めてからこれまでの7~8年間というもの、地元での開催実績はほとんど無く、むしろ関東圏、道内では札幌圏や函館圏と、都市部で催していただく事のほうが断然に多かった。

■きっと、それにはいくつかの理由があるだろうと思う。

■一つは、人の縁。僕の場合、こうした講演会は、ほとんど全てといっていいくらい、人づてで情報が広まって企画が立ち上がってゆく。自分から「やりませんか」ともちかけて話が決まることは本当に数少ない。その「情報の発信元」になってくださる強力なサポーターが、これまで多くの講演を行わせて頂いてきた町々には何人もいるのだ。有り難い。

■そしてもう一つは、僕が講演で紹介する写真のテーマが「森」だ、ということだろう。つまり、都市部の人ほど、「森」という言葉に象徴される「ピュアな自然環境」への希求が高いということがその背景にあるのだろうと思う。これは、自分自身がもともと東京のベッドタウン育ちなので、実感としてよく分る。

■確かに、僕が久しく通い詰めている阿寒周辺のように幽玄で奥深い自然風景を東京や横浜のあたりで探そうとしても、それはなかなか大変なことだ。それどころか「緑の木々」というだけでも、それを求める気持ちは非都市部に比べたら格段に大きい。きっと、「北海道の森の…」という枕自体がですでに、普段絶対に目にすることのできない原生自然を連想させる強い力をもってしまっているのだろうと思う。

■翻って、都市部以外ではどうか。事態はやはり、逆になる。

■当然ながら、地元に長らくいる人間にとっては「北海道の自然」とか「北の森」という言葉は、たいした誘引力をもっていない。むしろそれらは、自分が住む土地と生活に当然備わっている属性の一つであり、珍しくもなんともないものなのだ。

■珍しくないと思っているものをわざわざ目の前に見せられて「ほら、エゾマツがこんなに逞しく生きています。これ、いいでしょう?」などと言われても、正直困る。

■自然発生性に委ねてきたところのある僕の講演会やスライド上映会などが、これまであまり十勝地方で催されてこなかったのは、じつはこの辺に一番の原因があるのだろうと僕は思っている。そして「それは当然のなりゆきだよなぁ…」とも思っている。

■しかし最近、その事態に少しずつ変化が生じ始めた。地元に住む人が、やはり地元に住む友人や子供達に「小寺さんの写真を見せたい」と言って、森の写真の上映会を積極的に催してくれるようになってきたのだ。僕は、それが本当に本当に嬉しい。

■写真家として単純に、自分が撮った写真を観ていただく機会が増えたということ自体、もちろん嬉しい。だがそれよりも「当たり前のことを当たり前に撮った写真が、それらを”当たり前のことだ”と思う環境にいる方々に喜んで受け止めていただいている」ということが、じつに嬉しいのだ。

■僕はこれまでずっと、「当たり前のことを当たり前のこととしてキチンと正面から捉えよう」と、そのことに心を傾けて写真を撮ってきた。そして、その「何てことないありふれた風景の中にこそ、見逃してはならない、聴き逃してはならない何モノかが宿っているはずだ」と信じて写真を撮ってきた。

■僕は決して、類まれな絶景や珍獣を撮りたいわけではないし、前人未到の秘境、この瞬間にしか見ることのできない奇跡の風景を切り取りたくて写真を撮ってきたわけではない。いわんや、私だけがこの景色をこんな風に切り取る事ができるのですよ、と人に知ってもらいたいわけでもない。

■もちろんそれらの、科学性、記録性、芸術性において価値の高い風景や事物を写真に収める事に全く興味が無いわけではないし、いわずもがな、それらを撮ること自体の高い価値性を認めないわけでは決してない。「写真」というメディアと「写真家」の存在意義の多くはこうした価値性に依拠していると言ってもいいだろうと思っている。

■でも僕の写真は、そういった価値性とは程遠い。これは、自己卑下するわけでもなく、変にへりくだっているわけでもない。現実として、僕の写真は、単に気まぐれ任せで撮ったスナップ的な風景写真に過ぎない。

■それは、写っている被写体を見ればよくわかる。僕の写真に写っているものは、北日本の森、否、その辺をほっつき歩いてさえいれば誰にでもお目にかかれる自然物がほとんどだ(もちろん希少性の高い事物や風景だっていくつも撮っているけれど)。

■そういえば以前、小さな個展を開いた折、会場で友人から「小寺よぉ。あのさ、俺らはさ、普段は見られないようなものを写真で見せてもらいたいんだぜ」と笑顔のお叱りをうけたことがあったっけ…。

■そもそも僕は、呆れるほどにめんどくさがり屋で飽きっぽく、物事をすぐ諦める人間だ。だから、決定的瞬間を何時間も何日間もかけて待ったり、50kgの機材を背負って3日間歩き続けてようやく被写体に辿りつくなんて撮影行には、生来向いていないのだ。ついでにいうと、今使っている機材システムにしたって、数々の妥協の産物といっていい。

■さらに悪い事に、目的意識や向上欲も希薄だから、「あれを、こう撮る。そしてこう見せる」というテーマと構成の企画能力も、じつに低い。これでよく10年も写真なんていう高度にメンドクサイことやってこれてるなぁと、時折自分でも感心するくらい。(これはもっぱら、支えてくれる人達のお蔭…)

■しかし、こんな僕ではありながら、ひとつ心して続けていることがある。それが「当たり前をこそ大切にしよう」ということだ。

■例えるなら「僕の足元にいろんないきものが生きている。生きてるって、いいなぁ」、それに尽きる。

■そして、その当たり前の風景の中に感じた美しさと、そのさらに向こうに静かに横たわっている「重たさ」を、あの四角い枠の中に過不足無くすくい採ることができたなら、もうそれでいい。どこで撮ったか、そして何を撮ったのかということでさえもが、時として「どーでもいい」ことになる。

■ちょっと偉そうな事を書き過ぎたかもしれない(あ、いつものことか…)。ほんと、能書きばかりタレて…。

■でも、本心だ。そして、その本心から生まれた拙くも大切な「当たり前の写真たち」を、自分が住むこの土地の人達にも徐々に受け止めてもらいつつある。なんと幸せなことか。これ、本当に嬉しい。

■で、嬉しすぎて、つい日記も長くなる…。こんな日記、いったい誰が読む?でもブログも一応「日記」なんだからまあいいか。自分への記録、ナルシズムへの今日のご褒美ということで。

| 写真 | 01:57 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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腕の長さと当たり前

■子どもが泣く。抱っこする。当然、仕事にならない。そしてため息をつく――。これは、まあ、仕方のないことだ。子持ち在宅自営業者の宿命だ。

■でも、この「強いられる抱っこ」がたびたび僕にとてもよい思索や発見の時間を与えてくれるという現実もある。それを考えれば、それは決して「悪い宿命」などではない。

■自分の思い通りにならない状況が結果として「自分に関わる世界は自分の思い通りになるはずだ・なるべきだ」などと夢想してしまいがちな弱っちい精神に風穴を開け、むしろ世界をより大きく開いてくれる。

■そういう意味においても、赤子を抱っこする時間は、カメラを片手にただあてどなく森を歩きまわっているときの時間と、不思議ととてもよく似ているな、とも思う。

■ともあれ。

■今日も、次女8ヶ月を腕に抱えてあやしながら、いろいろ思った。

■いつくかあれこれ考えたのだが、そのうちのひとつは「腕のサイズ」について。じつはこれは、今日はじめて思い至ったことではなく、長女が生まれてすぐに思ったことなのだけれど…。

■そう、成人の腕(上腕と前腕)のサイズ(長さ)とは、もしかして「赤ん坊基準」で決まっているものなのではないかということを、僕は今日もしみじみ考えた。

■抱っこをすればするほど、赤ん坊、特に新生児の標準的といわれる全体長や頭と胴のサイズバランスおよび重量バランスに対して、それを抱き支える成人の腕の長さとそのバランス、配置が、あまりに赤ん坊にとって好都合にできすぎているように感じられるのだ。

■例えば大人が左腕で赤ん坊を抱っこしたとする。左ひじの辺りに赤ん坊の頭を乗せ、やや対面するような体の向きで赤ん坊の体軸を前腕部に沿わせて乗せると、大人の手のひらはちょうど赤子の尻・股間を支える位置にぴたりと落ち着く。そのとき、ひじの屈折による凹と頭の凸、前腕の骨格や筋肉のくびれと体軸のくびれ、手のひらの凹と尻の凸の具合とが、不思議なほどにしっくり符合するのだ。

■あたかもジグソーパズルの最後の一コマがサクッと押しはまるときのように、そこにはある種の快感すらともなう安定感がある。そしていつしか、いま抱えている赤ん坊が「じつはそもそもこの腕の一部分なのではないか…」とさえ思えてくるような、それくらいの一体感が、このサイズの符合のうちにはある。

■さらには、(男性にはなかなか「実感」はできないのだけれど…)そのように抱きかかえたときに、ちょうど二の腕の長さがあるがゆえに、母親の乳首と赤ん坊の唇が見事な接点を得るという事実。

■それらを見、体感するとき、僕はつくづく、人の身体はよくできたものだなぁ、それにしても不思議なものだなぁ、と感心してしまうのだ。

■「あたりまえじゃん、そんなの」と笑い飛ばしてしまったほうがいいような、そんな些細なことかもしれない。でも、その「当然・必然の不思議」に、なぜか僕は心をゆすぶられてしまう。

■そして、やはりその感覚というものが、僕が森でいつもつぶやいている「森って、本当によくできているなぁ…」という感慨と同質であることを再確認し、ふむふむ、と思うのだ。

■「あんた、暇ね…」と笑って欲しい。

■そう、ホントは暇じゃないんだよな…。やらなきゃいけないことがいくつもあって…。

■いやいや、その暇じゃないところに無理やり押し込んでくる「暇」が、じつは手強く有意義だったりするのだ。さらには、「当たり前のことになんぞ構っていられるかい!」という肩凝りな自意識を程よく揺さぶってくれる「当たり前すぎるくらい当たり前」の存在が、結構、いろんな物事の「通じ」を改善してくれたりする。

■当たり前を大事にしたい。そもそも、世界は当たり前でしか出来ていないのだし。むしろ、当たり前を蔑ろにし、目新しい「新世界」ばかりを模索し始めると、いずれどこかで血が流れる。

■まずは、誰の子でもいい、赤子をひとりその腕に抱っこして、やるせなくなるほどの「思い通りにならなさ感」の中で、じっとひととき考えてみたらいい。どこぞの大統領も首相も司令官も、株式ブローカーもTVプロデューサーも、「腕力」のあるオジサンたちみんな…。

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それにしても、突然の首相辞任表明にびっくり仰天。

疑問・賛同・「辞め方」への異議を唱えるよりもまず、どうしようもない哀れさを覚えてしまう。安倍さんには失礼だけれど…。彼なりに、強烈な「思い通りにならなさ感」にさいなまれた末の決断なのだろうけれど…。

古賀元幹事長がいう「驚きを通り越して悲しさを覚えてしまう…」が、関係の濃い・薄いを別にして、これを聞いたほとんどの人が覚えた想いだろう。

ため息が出てしまう。が、辞めると決めたのなら辞めればいい。しょうがない。安倍氏本人が心身の健康を今以上に崩さないよう願う。

そして、これを機に、日本やイラクや北朝鮮のこどもたちだれもが等しく享受すべき「みなで、仲良く、すこやかに生きる」という「当たり前」が、今以上に崩されなくなり、やがてはそれがこどもたち自身の手の内に取り戻されるようになることを、心より願う。

| 写真 | 15:47 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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発熱でダウン/ビーパルに掲載

■阿寒での撮影を終えた帰り道。のどに違和感。帰ってから熱があがり、以来2日間寝込んでいる。長女が保育所からもらってきた「ヘルパンギーナ」が次女、カミさんに移り、最後に巡ってきたようだ。熱はだいぶ下がったので、明日は本調子で頑張りたい。

■撮影で留守をしていたことも重なり、メールのお返事など滞っていてすみません。

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■本日発売のアウトドア雑誌「ビー・パル」(小学館)に連載中の自然写真家を紹介するコーナー「地球を切り取る」で小寺が紹介されています。

■写真家になった経緯を中心にしたインタビュー記事に添えて、撮影機材や撮影スタイルなどが写真つきで紹介されています。作品も数点掲載。ご笑覧ください。

■ちなみにこのときの取材は、暑い暑いお盆付近の東京某所で行われました。

| 仕事 | 21:20 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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いい加減

阿寒に撮影に来ている。雨。雨の森はいい。でも、さすがに台風の影響は強く、時折ドシャ降りの雨。風もどんどん激しくなる。早く撮影を切り上げて、車の中でこれを書く。

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■先日ある場所で、先輩自然写真家Yさんに初めてお会いした。前々から様々なメディアで紹介される氏の活躍はよく存じ上げていた。しかし、光栄なことに氏のほうでも、折にふれ僕の名前と仕事には目を留めてくださっていたようだ。

■お互い初めて会うような気はせず、いろいろと歓談。そして話題は、僕のメインフィールドである阿寒のことに。

■「ペンケ、パンケの辺りに入ったことある?一般者立ち入り禁止区域だけど、私は許可をもらってあそこで何度か撮影しているよ。このあいだはTさんとも一緒に入ってね。よかったよー!あなたも、阿寒を撮るなら、あそこを撮影しなきゃ。あそこが阿寒の核心部分だからね」とYさん。

■ちなみに「Tさん」とは、日本の風景写真の世界でいま最著名と言ってもいい写真家ビッグネーム。毎月発売になる種々の写真雑誌で、グラビアにしろ特集記事にしろ公募作例批評にしろ、彼の名前を見ないことはまず無い。Tさんのアシスタントを経て自立した自然写真家が、いまどんどんと写真界の中央で活躍を始めている。ほう、そのTさんと一緒に…。

■ところで、そのペンケ、パンケ。阿寒湖の北東部には2つの小さな姉妹湖が隣接していて、それらはペンケトー、パンケトーと呼ばれている。その周辺は主に地元の財団法人が所有・管理する山林地区となっており、なおかつ国定の特別自然保護区にもなっているため、そこに入るには許可が要る。また、そんなふうに慎重に利用を制限されている場所だから、その他の阿寒湖周辺地域よりも原生的な自然環境が色濃く残っている。実際に僕も、阿寒をメインフィールドにし始めたばかりの頃は、ぜひその辺りを撮影したい!と強く思っていた。

■そのペンケ、パンケの取材談。しかも、あの著名な実力者Tさんと一緒にとは、ある意味でものすごく贅沢だ…。数年前の僕ならば、猛烈にうらやましさを覚えていたかもしれないシチュエーション。「こんどは僕も誘ってください!一緒に連れてってください!」と思わず口にしていたかもしれない。

■でも…。そのとき僕は、そんなオイシイはなしを聞いても不思議と心が騒がない自分がいることに気づいた。「なるほど、それはいいですね」と、Yさんには失礼なのだが、あいまいな相槌を打つだけで済ませてしまえる自分がいた。

■うーん、一時期はあんなに「ペンケ・パンケ取材」にあこがれていたのに、自分でも不思議だ。

■さては、写真を撮るということに傾ける熱意が涸れたのか。はたまた阿寒を見つめ、自然を見つめ、深く探求してゆこうという貪欲さが枯れたのか…と自己診断。

■じつは正直なところ、今の僕にはそのどちらも、ある程度あてはまる。

■以前は「写真行為のなかで自分をどう生かすか・生きるか」とか「知識としても体験としても、自然というものにいかに精通できるか」に重きをおいて写真や自然と向き合ってきたように思う。写真家としてのあり方や立ち位置、経験値の多さやキャリアアップの度合いがすなわち自分の人生を計る尺度の一つなのだと考えていたし、そのためにはとにかく、自然の成り立ちをよく知っていること、見聞を広くすることが不可欠だと考えていた。

■でも、最近それが微妙に変化しつつあることに自分で気づき始めている。

■いままでは「写真の中でとらえる人生」だったものが「人生の中での写真行為がもつ意味を考える」という方向にシフトしてきたし、「自然を詳しく知ることが、写真を通して自然と向き合うための前提条件」と捉えていたのが、最近では「写真の中に図らずも見えてしまった自然の営みにあれこれ思いをめぐらせてみる楽しみ」のほうが、知識や実地経験を蓄積してゆくことへの満足感よりもはるかに大きくなってきてしまった。

■主客逆転。悪く言えば、ある意味で、写真や自然というものへの向き合い方がかなり「いい加減」になってきたのだ。いまもし誰かさんに「それ、成長か、逆行か?」などと問われれば、はい、逆行でございます、と答えてもいいくらいの、じつに困った現状に僕は立っている。ふーむ…。周囲からは「おいおい、おまえ、そんなふうに達観するにはまだまだ早いゼ!もっとギラギラやらなきゃイカン!」と大いにお叱りを受けそうだ。

■でも、ナイショで本当のところを明かしてしまうと、僕自身は、自分の中に生じつつあるこの「枯れてゆくような変化」を、じつは密かに歓迎していたりする。

■この変化の要は、はからずもYさんが口にした「核心部分」ということばにある。

■物事の「核心」をどこに求めるのか。きっと、僕のなかでいまそれが徐々に変化しつつあるということなのだ。

■阿寒の、ひいては、僕が関わりたいと思っている自然というものの’核心’とは、一体どこにあるのか。それは本当にペンケ・パンケを取材しなければ見られないものなのか――。そのことを一つの象徴として、いま僕は、自分自身に関わる種々の物事の核心、そして、それら一切を束ねる「わたし」というものの核心をどこに据えたらいいのかという自問に対して、こと写真に関しては、いままでとは異なる返答を準備できつつあるように思う。

■たとえその返答の内容が「写真家」としては落第点以下のものであっても、それもまあいいかな…とさえも思えている。ほんと、かなり「いい加減」になってきてしまった。

■でも、そもそも「核心」なんてもの自体が本来いい加減なものかもしれない。あるときは手に取れるほどの量感を持って、ここぞという場所に立ち現れてくるけれど、いざそれに近づけば、あたかも全てが幻だったかのように跡形も無く立ち消えてしまう。そんな、じつに不確かなものなのかもしれない。字面はじつに’確かそう’な言葉だけれど…。

■それを見る者の立ち位置や挙動によって、見えたり、見えなかったり。確かに、どこかに在ることは在るのだけれど…。そういえば、物理学に「不確定性原理」ってのがあったな。それって、これと似たようなものだったかしらん…?

■科学も哲学も宗教も芸術も、そして写真も、つまるところ、そのえらく不確かな「わたしに関わる大事な核心」を何とか定位しようと試みる、果てしない(そして、ときとして全く報われることのない…笑)遥かなる模索の旅なかもしれない。

■で、その模索そのものの不確かさや「いい加減さ」が、じつは結構おもしろいもんだな、と最近思えてきてしまった。で、これって、成長か、逆行か?はい、明らかに逆行です(笑)。いっそ「逆行を、実感に!」と叫んでみるか。

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と書いて、ドキュメンタリ映画監督、佐藤真氏の自死のニュースを知る。絶句。うつという病気に苦しんでいたとニュースは伝えているが…。

それぞれの模索の旅があり、その行く末もそれぞれある。しかし…。なんともやりきれない。ご冥福を心より祈る。

| 写真 | 18:01 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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ふみばあちゃんのほしがき

ようやく仕事の区切りが見えてきた。ふう…。なので今日からは、これまでサボった分、まじめにブログを書けそうだ。

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■先日の本州出張の最後の日、本当にいろいろな偶然が重なって、京都で行われたある絵本イベントに参加することになった(お客さんとして)。

■そのイベントは「WAVE in おとくに」。絵本作家らを中心にして立ち上げられた「こどもの本WAVE」という団体のイベントだ。向日市にある絵本店「Wonderland」が中心となって主催し、いくつかの講演と併せて絵本『世界中のこどもたちが103』の原画展も行われていた。

→こどもの本WAVE 公式サイト
→絵本『世界中のこどもたちが103』(Amazon.co..jp)
→Books & Cafe Wonderland

■そこではいろいろな出会いがあって、とても素敵な時間を過すことができた。元はといえば、鎌倉在住の絵本作家Nさんからいただいた何気ないメールがきっかけだった。Nさんに感謝。

■そのときに初めてお会いすることができ、講演後に少しお話もさせていただいた絵本作家・浜田桂子さんから、今日すてきなものが届いた。浜田さんの著書である『ふみばあちゃんのほしがき』(月刊かがくのとも)だ。

■ご丁寧にお手紙も添えていただいた。イベント当日、僕がほとんど押し付け同然に拙著『森のいのち』を進呈させていただいた、そのことへのお礼なのだという。うーん、恐縮…。

■ワクワクしながら表紙をめくる。嬉しい浜田さんのサインのあと、最初の見開きには、遠景として富士山を間近に望む山間の町(農村)が、そして近景には、たわわに実をつけた柿の木が、やわらかなタッチで描かれていた。町からは、荷台が空っぽの軽トラックが一台、柿の木がある山のほうへと上がってくる。

■物語は、この町で果樹園を営むふみばあちゃんが秋から冬にかけて毎年行っている干し柿作りのようすを淡々と追ってゆく。柿の収穫から皮むき、干し作業、そして、完成した干し柿を箱詰めして送り出し、最後には、冬支度に入った裸の柿の木をさすりながら、ばあちゃんが木に向かって「おつかれさんでした」と声を掛けるまで。

■どのページにも、ふみばあちゃんをはじめ、お手伝いにきているおばさんやおじさん、近所に住むこども・みっちゃんとけんちゃんの、楽しくにこやかな笑顔が描かれている。背景の山並みや、ばあちゃんと子供たちの服装は、ページが進むに連れて段々と寒い寒い冬の装いに変わってゆくのだけれど、どんなに季節が移り変わっても、干し柿作りの営みそのものを包む温かな雰囲気は変わることが無い。

■なかでも僕が特に好きなページは、ばあちゃんとみっちゃん・けんちゃんの3人が、ばあちゃんの家の居間のコタツに入りながら、ようやく出来上がった干し柿を食べている場面。

■大きな干し柿を両手で掴みパクつくみっちゃん。柿の収穫から手伝ってきてようやくできあがった干し柿を手に、さも満足そうに微笑んでいるけんちゃん。そして、お茶が入った湯飲みを手にしながら、そんな子どもたちの様子を嬉しそうな笑顔で見つめているふみばあちゃん。

■ばあちゃんの居間のようすが丹念に描かれているのがいい。壁に貼られた12月の「JAフルーツ」カレンダー。床に置かれたティッシュは「コープ山梨」印。神棚に飾られた破魔矢の下には「道祖大神…」「蚕神宮…」と書かれたお札が。ばあちゃんは昔、お蚕さん(養蚕)もやってたのだな。たいそう働き者のおばあさんなのだろうな…。

■対面の壁には、ばあちゃんが作業のときにいつもかぶっているつば広の帽子と、オレンジ色した小さな巾着袋が掛けられている。あの巾着の中には何がはいっているのかな?ちょっと気になるな…。

■仏壇に飾られた写真に写っているのは、消防団姿のおじいさんだ。きっと、先に亡くなったばあちゃんのつれあいなのだろう。その写真の前にはちゃんと、お茶が注がれた湯のみ(ばあちゃんのとおそろい)、そして、できたばかりの干し柿が2つ、白いお皿に盛られ供えてある。

■そして、僕がこのページの中で、なぜだかとても嬉しく思ったのは、壁掛けの振り子時計が、ちょうど午後3時を少し回った時刻に描かれていた事。そう、みっちゃんもけんちゃんも、ちゃんと「3時のおやつ」として干し柿をほおばっているのだ。

■コンビニに行けば何時でもスナック菓子にありつける今、3時ちょうどに干し柿を、さも幸せそうにほおばる子どもたち。それを見守るばあちゃん。その描写の内に僕は、このばあちゃんや、ばあちゃんの傍らで暮らすこの子どもたちが日々守り続けているであろう、何かこう、穏やかながらも凛とした「暮らしの確かさ」を感じずにおれなかった。

■このように丁寧に描かれたばあちゃんや子どもたちの「日常」。もちろんそれは偶然に描かれてしまったものなどではない。いうまでもなくそれらは、作者である浜田さんがそれらを書き込む事に意味を見出したからこそ、このページの中に存在しえたものたちだ。

■僕はこの、「生活」や「繰り返される営み」、そして、そこから生み出されてくる’貴きもの’(それは完成品としての干し柿であるし、また、風雪に耐えた柿の木の立ち姿、労働者であるふみばあちゃんの逞しい’手’でもある。浜田さんは、ばあちゃんの手をことさら丁寧に描いている)に向ける浜田さんの柔らかな眼差しに、とても感銘を受ける。それを幸せで温かで価値あるものとして描こうとする姿勢にも。

■収穫を終えたブドウ棚の下で、にこにこと笑いながら柿の皮剥きをするばあちゃんやおばちゃんたちは、どんなおしゃべりをしてるのだろう―。この本のページを繰りながら僕は、きっと今年もまた山梨のところどころで繰り広げられるであろう実際の干し柿作りの風景を思い浮かべ、そこに連綿と流れる「暮らし」の温かさを思ってみる。そして、自分の心を温める。

■うーん、今日はとても素敵な本を送ってもらった。

■と、最後のページを読み終えて裏表紙を見ると、あ~、ここにあった!そうだったのか!

■さっき居間のページで気になっていたオレンジ色の巾着。それが、軍手や剪定バサミ、つば広の帽子など、ばあちゃん愛用の道具とともに再び裏表紙に描かれていたのだ。その小さな巾着の中からこぼれ出てきたもの。それは……本を読んでのお楽しみ!

■でも、きっとみっちゃんとけんちゃんも、お手伝いの途中でこの「巾着の中身」をばあちゃんからもらったんだろうな。どんな顔してもらったんだろ。もしかしたらばあちゃん、「ほれ、取材はその辺にしてさ…」とかなんとか言いながら、浜田さんにもひとつあげたかも―。

■それを思って、またちょっと、僕の心が温まった。

■ほんとに、今日はいい本をいただいた。

| | 23:23 | コメント(-) | trackbacks(1) | 先頭へ↑

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DM、メール、わたしとあそんで

■昨夜は夜更かしして、函館で行う写真展のDMハガキ入稿データを仕上げた。印刷屋にWEB入稿をして、あとは仕上がりを待つだけ。でも、レイアウトに思いのほか時間が掛かってしまって、結局、床に着いたのは午前3時だった。

■今日はいつもより少し遅めに起きた。やはり、ねむい…。日曜日という事で、娘の保育所送りが無いのが助かる。しかし、朝食は必ず皆でそろって食べることにしているから、昼前までだらだら寝ているなんて独身時代のようなことはできない。

■うーん、2度寝したい…。でも、今はとにかく溜まった仕事を片付けるのが先だ。眠気を制して、机に向かう。そんな僕に気を使い、カミさんは娘達を連れて、同じ町内にある彼女の実家に遊びに出かけてくれた。長女も1週間ぶりにジジババに会えるので大喜びで出かけていった。

■午前中は、講演を依頼してくれた学校PTA関係者へ送る資料作り。これもなんだかんだと時間が掛かってしまった。もって手際よく出来ないものか…。自分で自分を責めてみる。

■あとはひたすらメール打ちだ。仕事の件にプライベートの用事…いろいろありすぎて、誰に何を送信すべきなのか分らなくなりそう。でも実際に文字を打ち込み始めると、どうしてもあれこれ「おしゃべり」もしたくなってしまう。特に、日頃からお世話になっている人にはなおさら。で、やはり、とっても時間が掛かってしまう。だめだなぁ…。

■昼食は、ジジババのお招きで、僕もカミさんの実家でとることに。僕が着くと、娘達はすでに食事をすませてジジと遊んでいた。カミさんと二人で、ババの作ってくれた美味しい手料理を食べる。その美味しさもさることながら、献立に頭をひねることも、作ることも、食器洗いもしなくていいことの、ああ、なんというありがたさ!しかも、食後は六花亭のお菓子付きだ。ひとときの幸せを味わう。

■食後、長女と庭に出て遊ぶことにした。といっても、実際には遊ばなかった。娘はひとりでもくもくと庭の雑草をむしり始めたのだった。庭をきれいにしようというのではない。イネ科系の雑草の花穂を「これ、小麦なの!」などと適当なことをいいながら楽しげに収集しはじめたのだ。

■彼女には、どうやらそんなことがとても楽しいらしい。ひたすら同じ草の花穂をむしっている。ふーん、一体何が面白いのやら…。僕は、彼女から2m程離れたところでその様子を黙って見守る。そしてそのうちに、僕は僕で、黙って見守るということがじつは結構素敵で楽しい身の処し方なのだと、密かに気付いてしまった。

■静かな庭に、涼しさを孕んだ9月の風が気持ち良く吹き抜けてゆく。僕らは互いに黙ったまま、それぞれのやり方で静かな時間を楽しんでいる。うん、なかなかいい時間じゃないか…。僕は心の中でつぶやいてみる。こうした時間とか、空間とか、なによりもこうした関係を生活のなかでもててるってことが、親にも子供にも、きっと大切なんだよな…。

■ふと、マリー・ホール・エッツの「わたしとあそんで」を思い出した。自然の中で至福の時を過す女の子と、それを終始ニコニコと見守りつづける太陽。僕の好きなあの太陽のように、ほんのひとときでも、この僕自身、ニコニコとそこに佇んでいることができたかな。

■うん、なかなかいいじゃないか、こういうの。

■地域を超え、思想を超え、文化を超え、ましてや国境なんていうものをはるかに超えて、普遍的に護られなければならないほんとの「美しい○○」が、ここにこそあるのかもしれないな、と思う。

■エッツが子供の世界への「不可侵」を示すかのように、作品のクライマックスに、画中に敢えて強い筆致でトゲトゲとした有刺鉄線を書き込んだ気持ちが、いまはとても良くわかる気がする。

■この美しき世界に、僕らは、劣化ウラン弾も、クラスター爆弾も、原爆も打ち込んではならないし、他の誰かの手によって打ち込ませてもならない。また、そのつかみどころのない(しかしそれゆえの)美しさを、例えば株価に換算するなんていう浅ましい価値観も、決して持ち込んではいけない。

| 暮らし | 02:13 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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原稿書き

■本州取材、札幌での用事と、だらだらと出張仕事を続けていたツケが回り、こまごまとした在宅仕事が溜まりに溜まっている。もう、どうしよう…。

■先日までの長旅で出会ったたくさんの方々にメールを…と思いながら、家に居ると日々の雑事(子どもの保育所送り迎え、家事、子守りなど)に思いのほか時間を取られ、ついつい後回しになってしまう。

■そんな中ではありながら、今日、一本の依頼原稿を書き上げた。帯広のとある子育て関連NPO法人の季刊広報誌に載せてもらう連載記事だ。

■今回は、秋号に掲載ということで「実りの季節」という題の小文を書いた。北海道はこれからミズナラ、クルミ、ナナカマドなど木の実が熟す季節。そんな時期に、木々にとっての「実り」の意味と、木の実獲りに嬉々として興じる子どもたちにとっての「実り」を考える内容だ。

■緋色に透き通るオンコの実、まだ青いコリンゴの実のことを書いて文章を仕上げたちょうどそのときだった。我が家の長女4歳が午後のお散歩から戻ってきた。そして「オトーチャンにいいものあるんだー!」といってワンピースのポケットからぞろぞろと何ものかを取り出した。そう、それはまさに、よく熟れたオンコとまだ青いコリンゴの実だった。

■その実はいまも、このパソコンの横にコロコロところがっている。ほんのりと色づき始めたばかりのコリンゴは、長女のほっぺたのようにつやつやと輝いて、なんともいえず愛らしい。

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■このほかにも、7月末の子どもの本のつどいのこと、清里での写真展のこと、その後の旅先での出来事や素敵な出会い、札幌で開催中の写真展、つい先日催された浦幌町での講演会のことなど、書きたいことは山ほどある。でも、時間が…。

■日記を残すというのも、なかなか大変なものだ。その出来事ひとつひとつがとても素敵なことであればあるだけ…。

| 暮らし | 20:54 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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