小寺卓矢・森の写真館 top_image
bar

left_button_spaca.gif
info.gif
left_button_spaca.gif
works.gif
left_button_spaca.gif
profile.gif
left_button_spaca.gif
publish.gif
left_button_spaca.gif
diary.gif
left_button_spaca.gif
link.gif
left_button_spaca.gif
left_button_spaca.gif
ask.gif

2007年09月 | 月別の日記 | 2007年11月

編集

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | コメント(-) | トラックバック(-) | 先頭へ↑

編集

自宅

昨夜、久しぶりに自宅に戻りました。出かけるときにはまだ掴まり立ちしか出来なかった10ヶ月の娘がすいすいと立ち上がるのにビックリ!嬉しいのと、ちょっと切ないのと…。

現在、必至に溜まった仕事をいろいろ片付けてます。メールのお返事など、遅くなってしまっている方々、申し訳ありません。
スポンサーサイト

| 暮らし | 16:09 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

編集

山形

山形へ移動。鶴岡市。明日から数日、羽黒山。
長い取材は食事が問題。レトルトカレーと即席ラーメンに切り餅は、さすがに飽きた。

| 仕事 | 18:28 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

編集

秋田

いま、秋田に来ています。家に戻るのは29日。
それまで、ネット環境が不十分のため、皆さんにご迷惑をおかけいたします。すみません。

| 仕事 | 19:55 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

編集

撮影

■メイン機材が修理中ということもあるけれど、なによりも、あれこれとやるべき事が相変わらず山積していて、なかなか撮影にいけない。本当は昨日から3日間、阿寒へ秋の撮影に入るはずだったのだけれど、それも叶わず…。

■最近増えてきた講演活動は掛け値無しに楽しい。各地でたくさんの人と出会うことは嬉しい。いまやそれがある種の「生きがい」ですらある。

■でも、それを今後もコンスタントに続けてゆくには、やはり新たな作品を生みつづけてゆくことが不可欠だ。そのためには、とにかく撮影に出かけるということだ。

■ここに大いなるジレンマがある。

■まぁ、単に時間の管理が下手なだけなのかもしれないけれど…。

■いまは、13日から始まる北海道開拓記念館での「森のいのち+アルファ」写真展ならびに初日の講演会の準備で、終日PCに向かいっきり。写真展自体は、展示場所の条件のこともあってあまり多くの作品は飾れないのだけれど、それにしても、準備する事はなんやかんやあるものだ。

■じつは、13日に講演を終えたら、ひとつ仕事の打ち合わせをした後、ただちに苫小牧へ向かう事になっている。夜発のフェリーで秋田へ向かうのだ。今回は純粋に撮影旅行。秋の東北を2週間ほど旅してくる予定。

■旅先にも仕事用のノートPCは持っていくのだけれど、電源のこと、通信環境のことなどあって、そうそう家にいるのと同様の仕事が出来るわけではない。

■なので、明日・あさって中には、近々に片付けなくてはならないことをあらかたヤッつけてしまうつもりだ。がんばるぞ。

-------------------------------
■ああ、しかし今日は、なんとつまらない日記を書いてしまったことか…。撮影に行きたいのに行けない、読みたい本も読めない、となると、こうしてつまらないことしかかけない精神状態になる。もう少し上手に時間を使えるようになりたいものだ。

| 仕事 | 00:19 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

編集

ニュースとは…

■函館からの帰り道、いつものようにAMラジオNHK第一放送を聞いていた。「昼のニュース」だったか、いくつかの報道のあとに、こんな「ニュース」が飛び込んできた。

■さる「高貴」な家族の長女が、幼稚園生活最後の運動会を楽しんだと。その両親も、カメラを片手に娘の様子を楽しそうに見ていたと。ご丁寧なことにその「ニュース」は、長女が「白いシャツに紺のズボン、頭にはとんがり帽子をかぶ」っていたということまで、事細かに伝えていた。爽やかな秋空のもとで、楽しく運動会を楽しまれたのだと、ただそれだけの内容。

■これがNHKの「ニュース」である。公共放送が報道枠の時間を割いて市民に伝える「ニュース」である。

■果たして、NHKを視聴する市民のうちどれだけの人間がこのことを「ニュース」として知らされたいと願っているだろう。一体どれだけの人々が、この「ある一家の幸せな秋の一日」をNHKという公共放送機関に「報道」してもらいたいと願い、またそれを知る価値のある情報として受け止めているだろう。

■僕は、とことん、あきれてしまった。

■ところで、この「ニュース」を聞きながら僕はあることを想像していた。それは「ああ、たぶんNHK取材班は、”白いシャツに紺のズボン、とんがり帽子”のかわいい映像を、さぞかし上手に撮ることができたのだろうな…」ということだ。

■言い換えれば、もしもこの「高貴な一家の一日」にまつわる”映像素材”が一切無かったのなら、きっとこの「ニュース」がラジオで報道されることは無かったのだろうな、と思ったのだった。

■そう、いまや、時として「ニュース」が映像を生むのではなく、映像が「ニュース」の核をつくってしまうことがある。そんなときには、まずテレビニュースが映像に隷従させられ、ラジオニュースはそのテレビニュースに隷従させられる。ラジオニュースを聞いていると、その構図がとても良く分る。

■例の「ダンボール肉まん」はもちろんその構図の中にあるだろう。あれは本当に醜い事例だった。さらに、先ごろのミャンマーの長井さん死亡事件の初期報道にも、じつは、僕はその構造の影響をそこはかとなく感じていた。

■僕はそのどちらもまずラジオで報道に触れたのだが、そのときすでに、ごく初期段階であるはずの報道のうちに込められていたある種の異様な「熱」の存在に、少なからぬ違和感を感じていた。

■そして、あとでテレビを観ることで初めて、その不可思議な「熱」の正体が、じつは、いわゆる”衝撃的な映像”から発せられたものだったことに気付くのだった。

■いろいろな面で、市民は、今後より一層気をつけたほうがいいなと、AMラジオを聞きながら僕は考えている。この「隷属構図」の最下層におかれようとしている(おかれている)のは誰なのか、と。

■そうそう、「高貴なご家族の一日」のことだ。

■後にテレビで見たニュース映像には、まさしく”白シャツ・紺ズボン・とんがり帽子”でお遊戯を楽しむ少女と、それを夫婦仲むつまじく微笑みながら見守る両親の姿が、とても”良く”映し出されていた。

■やっぱり、だった…。

■テレビに映し出された、一切の不穏さも不安さも感じさせない、これでもかというくらいに幸せ感満々の映像を見ながら、僕は、どうにも、苦笑いをするしかなかった。

| ぼやき | 22:41 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

編集

札幌、函館

昨日4日は札幌。市内の小・中学校でスライドトークと「いのちを見つめる絵本作りワークショップ」。

肝心の絵本作りの「屋外取材」の時間に、あろうことか、雷鳴轟く突然の豪雨。直前までは晴れていたのに。ああ…。雨天でも外に出ようと計画はしていのただけれど、あまりにも猛烈な土砂降りで、結局、子どもたちと共に表に出て「取材」をすることは出来ず。急遽「校舎内取材」に。

でも、そんな制約が多く難しい状況のなかでも、子ども達は驚くほどに個性を発揮し、きちんと自分なりに「いのち」を見つめ、表現してくれた。やはり、子ども達をあなどってはいけない。

で、今日5日の朝札幌をたち、いま函館に来ている。1日から8日まで函館市中央図書館でおこなわれている「森のいのち」写真展の様子をみにきたのだ。

それともうひとつ、今回の写真展を企画・準備してくれた絵本サークル「函館 銀のふね」主催の絵本読み聞かせ会の見学も。今回は、同じ会場内で写真展もやっているので、読み聞かせ絵本のセレクトに「森のいのち」もいれてくれた。それも楽しみにしていた。

会には、大人を中心に、子どもも交えて十数人の参加者があった。銀の船のメンバーが「森のいのち」の読み聞かせをしてくれた。とても丁寧に読んでくれて、うれしかった。

しかし一方で、大変大変緊張した。自分ではよく自作読み語りをしているのだけれど、他の人が読んでくれるのをじっくりと聞くことはあまりないのだ。

そして、聞きながら、やはり、いろいろ反省…。本の構成や、ことば使いや…。

まあ、それにしたって、こうして「森のいのち」写真展を自発的に開いてくれ、また、読み聞かせにこの本を選んでくれる方々がいるということは、なんとうれしいことか。

読み聞かせ会には、まったく偶然なのだけれど、神奈川の高校時代の同窓生も駆けつけてくれ、作者への質問コーナーでは積極的に質問をしてくれた。それで僕自身もとてもリラックスできた。これもまた、とってもありがたかった。

夜は、銀の船の方々、また、今後函館や近隣町村で講演会の企画などをしてくださる会の代表の方々と、おいしいお酒を飲みながら懇親会。

話題は、NPO活動のことや、子どものため・大人のための文化的イベント企画を市民提案として通してゆくことの面白さ、難しさ。行政と市民のあいだをどう詰めてゆくのか、何が問題なのか、いろいろと、喧々諤々。

どの町でも、どの学校でも、やはり、何かのイベントを市民側から提案・形成していくときには、いろいろとハードルがあるんだよなぁ…。悩みは同じ。でも、函館で頑張っている人たちのようすを聞かせてもらい、わが町芽室でも頑張ろう、と思う。

だが、そういう「運動面」への(一父親、一市民としての)個人的欲求や立ち位置と、一方で、写真を撮って「表現をする者」としての在り方とのあいだの整理が、自分自身、まだなかなかついていない現実もある。

表現者は表現者として、表現にとことんまで精進を重ねるべきではあろう。尊敬する写真家諸氏の作品や仕事の姿勢をみていると、それはつくづく感じずにおれない。でも「運動」もしたい。考えてしまう。

| 仕事 | 01:15 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

2007年09月 | 月別の日記 | 2007年11月


bar.gif
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。