小寺卓矢・森の写真館 top_image
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2007年12月 | 月別の日記 | 2008年02月

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旅から戻って

■関西・中国・四国を駆け巡った、長い長い講演旅行が終わった。じつに充実し、豊かな出会いと発見に恵まれた約10日間だった。

■人と人とが出会い、互いの思いを交わすこと。そこから生きる活力や刺激を与え合うこと。ヒトという生物に許された、何よりの贅沢。

■僕が旅で得たそれらひとつひとつの出会いを、ここに細かに書き記すことが出来たとしたら、どんなにいいだろう。大袈裟な言い方になるけれど、「生きているって、やっぱりいいものなのだな」との感慨を、これを読んでいただく皆さんにもきっと味わってもらえるに違いない。

■また、曲がりなりにも「日記」として存在しているこの場においては、それは僕自身のためにこそ、是が非でも行わなければならないことかもしれない。

■しかし、現実問題として、旅の後片付けや、長い留守の間ほったらかしにしていた仕事に取り掛からねばならぬこの身にとって、いま直ちに旅の軌跡をたどりなおす時間は、残念ながら無い。

■出会った方々、特に、講演開催のために奔走してくださった主催者の方々、また、宿や食事を提供してくださった心温かな支援者の方々には、なにか義理を欠くような気がして大変申し訳ないのだけれど、でも、明日以降、可能な限りにおいてぽつりぽつりと紹介したいと思う。悪しからずご了承を。
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| 仕事 | 11:25 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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自宅

■ようやく自宅に戻りました。

■留守中頂いたメール等へのご返答は29日以降にいたします。悪しからずご了承ください。

■自宅の布団。嬉しい。

| 仕事 | 23:59 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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京都

■尾道~松山~内子~尾道~岡山~現在京都。

■メールチェックができず皆さんにご迷惑をおかけしています。28日に自宅に戻ります。

| 仕事 | 17:00 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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敦賀から尾道

■17日敦賀に着。

■18日
午前:京都向日町絵本店ワンダーランド。店長Hさんとお喋り。
午後:大阪市内のK社で編集者Tさんとお話。おおらかで素敵な方。
夕方:大阪の友人写真家Aさん宅訪問。おいしい鶏料理をつつきながら近況報告。
夜:鳥取へ向けて中国道をひた走る。途中PAで車中泊。寒い。

■19日
午前:大山。スキー客でいっぱい。ちらりと様子を見るだけ。
午後:出雲大社。ここも駆け足でざっと様子を見るだけでおしまい。スナップ写真程度の撮影はしたけれど。またこよう。
夕方:広島県福山市に入る。翌日のイベント主催者Nさんと、カレー店「アンナプルナ」で食事。うまかった。
夜:宿を提供してくれたMさん宅へ。

■20日
午前:朝から雪。僕の”雪男”が確定。函館に季節外れの大雪を降らせてきた実績はあるが、ついに瀬戸内海にまで雪を降らすか…。
昼:神勝寺温泉の露天風呂「竹山」で雪見風呂を愉しむ。中華そば「十万石」でラーメン。
午後:Nさんと鞆の浦見学。古い港町風情を愉しむ。帯広には絶対にない風景と佇まい。
夕方:講演会場「cafeのほほん」へ。慌しく準備し講演。朝から降り続いた瀬戸内らしからぬ雪にも関わらず、50人近い参加。ちょっと僕の話が長すぎた反省点はあるが…。でも、たくさんの方と知り合え、よかった。来てくれた皆さん、本当にありがとうございました!
夜:Nさん一家と夕食をと「アンナプルナ」へ。雪で国道が大渋滞。駆けつけてくれた読売新聞記者Aさんは、本来10分で行くところ、2時間所要…。すみません。僕が雪雲を連れてきました。
深夜:宿Mさん宅でNさんMさんと朝まで語り明かす。いい時間が持てた。

■21日(本日)
本当は広島市内見学のはずだったが、体調温存のため無理はせず、予定変更し、次の目的地・尾道へ行くことに。原爆資料館見学はまた次の機会に。でも絶対に、近いうちに行く。で、只今尾道へ移動中。

| 仕事 | 14:01 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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京都

■昨夜、敦賀港に着き、いま京都・向日町。これから写真展会場である絵本店ワンダーランドへ。その後、大阪。

■京都も結構寒い…。

| 仕事 | 10:27 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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釧路

■10日は、日中ばたばたと在宅仕事を片付けて、夕方、釧路へ。昨年末からメールのやり取りをしているFさんと会うためだ。Fさんは、いつか僕のスライド上映会を釧路でやりたいと思いを温めてくれている。そのことの打ち合わせも兼ねて、ある会食の席で久しぶりの再会を果たした。

■Fさんと会うのは実に8年ぶりだ。しかも、8年前の初めての出会いにしても、阿寒で行われたあるイベントで名刺交換をした程度のもので、会話らしい会話もほとんど持たなかった。

■けれど、一昨年僕が出演したTV番組を観、また雑誌連載を読むなどして、Fさんは僕を思い出してくれたそうだ。そして、このHPを通じて連絡をくれた。

■一表現者としては、スライド上映の機会を与えてくれたこと自体がとても嬉しい。しかしそれ以上に、ほぼすれ違っただけともいえるような一人の人間の存在を8年間も心に留めていてくれ、その長い時間を越えて、こうして再会のきっかけを作ってくれたということが、僕にとっては本当に嬉しい。

■短い時間ではあったけれど、Fさんと話をした。熱い思いを持った人だ。生きるということ、いのちというものに対して、とても真摯に向き合っている。それも、肩肘をはることなく、格好つけることもなく。

■こうした人の話を聞かせてもらうと、とても心地がよくなる。また、怠惰で後ろ向きな生き方になびきがちな自分の背筋がしゃんと伸びるような気もする。

■何を話したのか、その内容や過ごした時間の長さではなく、言葉や振る舞いににじむFさんの人柄が、きっとそうさせるのだろう。そうした人と再会を果たすことができ、おまけに、これから一緒に何かができそうだ。嬉しい。

■じつは、その会食の席には、これも会えて嬉しい釧路出身写真家Nさんがいた。というよりも、僕が飛び入りさせてもらったその会食の席はそもそも、Nさんの講演会の打ち上げ交流会だったのだ。

■個人的には、今のアフガンのことやイラク・イランのこと、南米諸国の現在、Nさんの戦争観や平和観など、聞いてみたいこともいろいろあったのだけれど、残念ながら深い話はできず。

■夜もすっかりふけたので、会はお開きになり、僕は翌日の撮影のため阿寒湖方面へ。

■釧路の平原を北へとひた走る道中、あまりにも美しい満天の星に、ときどき車を停めてはヘッドライトを消し夜空を見上げた。いや、見上げる必要はない。ぐるり地平線の際からもうすでに星空なのだ。

■放射冷却で冷え込んだ冷気が体表からキンキンと染み入ってくる。ああ、北海道の冬だ。北の冬だ。ぶるっと身震いしながらも僕はなんだか無性に嬉しくなり、その場所で車中泊することを決めると、いそいそとシュラフにもぐりこんだ。

| | 01:47 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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ラジオ緊急出演決定!



▼ 1月8日朝、エフエムふくやま・レディオBINGOに緊急生出演!

広島県福山市のコミュニティーFM放送局「エフエムふくやま・レディオBINGO」が放送する番組に小寺が電話出演します。 1月20日に福山市内で開催されるスライドトークイベントの告知を中心に、数分間のインタビューを受ける予定。

■番組名:GO!GO!Bびんご~「得だね!びんご耳より情報」
■放送予定日時:2008年1月8日(火)朝8:43~

エフエムふくやまホームページ上の「ウェブラジオ」で生放送中の様子がPC上で視聴できます。
→エフエムふくやま公式サイト

| お知らせ | 20:54 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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「千と千尋」と「ゲド戦記」

■帰省するのにフェリーを使った。乳児含め、家族4人で和室を一部屋貸しきり。TVとDVDプレーヤーがあったので、長女の退屈しのぎにと、ジブリのアニメを何本か持っていって一緒に観た。

■このところ長女は「千と千尋の神隠し」が大のお気に入り。湯婆ぁばの真似をしてはキャッキャと喜んでいる。

■僕も久しぶりにじっくりと「千と千尋」の全編を2回ほど観た。で、なかなか良く出来た映画だと再認識。

■絵が美しいし、ストーリーもキャラクター設定も丁寧で、なおかつ飽きさせない。なにより、宮崎駿が映画の中で言いたいであろう事柄が、様々な比喩のなかで程よく理解できるようになっていて、大人でも充分楽しめ、また考えられる作りになっている。

■ま、多少説教臭さはあるのだけれど、それはさほど押し付けがましいものではなく、物語の一部分としてしっかり物語世界に根付いているので、観ていて違和感がない。

■個人的に、今回は特に、カオナシの「欲しがれ!」という台詞にあらためてゾッとした。はじめて見た2001年時点ではこれほどまでには現実的な恐ろしさは感じられなかったなぁ…。映画公開から7年たって、時代はより一層「欲しがれ!」の声を強めているように思えて…。

■また、名を奪われて”労働への隷属状態”にされた千尋の呼び名が”千”という「ナンバー」であるということも、いま、なおさらに気持ちが悪い。

■その一方で、油屋の「塔の”最上階”」で強欲丸出しで生きている湯婆婆に対し、「沼の”底”」という片田舎でひっそり物作りをしながら生きる双子の姉・銭婆が言う台詞、「わたし達、二人で一人前なのに…」という台詞にはハッとさせられた。

■宮崎駿という人は、油屋のような欲(金銭欲・支配欲・食欲・そして性欲【舞台である油屋はどうやら湯女=娼婦が男性神様に”サービス”をする特殊浴場のようでもある】)が渦巻く世界をも決して”悪”として断罪しようとはしない。

■底辺でひっそりと質実を求める世界もあるし、ギラギラとてっぺんを目指し続ける欲深い世界もある。そのそれぞれが混ざり合って、同じ地平に連なりながら、一つの世界が出来ている。

■宮崎さんは、そうした「世界の多面性」や、それゆえの様々な弊害をもそのまま認めながら「では、世界のどの側面(世界のどの辺り)に身をおいて生きたらいいのでしょうかね?」と問うているように僕には思える。

■それは、油屋の世界で欲に狂わされすっかり怪物になってしまったカオナシを指して千尋が言う「あのひと、あそこ(油屋)に居るからいけないんだよ」という台詞の不思議なほどの寛容さからも充分感じられる。化け物となったカオナシがいけないのではなく、カオナシと油屋とのマッチング、その出会い方に問題があったのだ、と。

■また、「世界のどの辺で生きるか」という問いが、じつは前作「もののけ姫」の主要テーマであったことからも、宮崎さんの世界の捉え方を伺い知れる。

■二つの価値観は誇張されているし、対立する位置関係に置かれてもいる。そして、それを描く作者の思い自体はきっとそれらのうちの特定の一方に偏っている(それは「質実を大事にする価値観」であり、また「自然の営みに寄り添う生き方」であるようだ)。

■でも、その異なる価値観のどちらかのみを「正」「美」「善」とし、他方を「偽」「醜」「悪」と"断ずる"ことはしない。我を失った化け物も決して暴力的に「悪」「不要な者」として切り捨てられることは無く、それが「悪ではなく」「必要なものとして」生きられる世界がちゃんと用意されている。

■「二人で一人前なのに…」。そう、世界というものは様々な側面を持ち合わせていて初めて「一人前」のものとして機能するということなのだろう。その複雑性のなかでこそ人は揉まれ、成長を得、自分の足で生きてゆく術を得る。

■なかなか感慨深い映画だ。

■きっといま挙げたことがら以外にも、僕が知らない民俗的・文化的・文学的、また時事的なメタファーが随所にちりばめられていて、密かにメッセージを発している事だろう。

■しかし、そうした重層構造を、5歳の子供がはじめから終わりまで嬉々として観ていられる2時間のエンターテインメント映像のなかに過不足や破綻なく封じ込めてしまえる力量に、僕は映画監督という表現者のすごさを感じる。いや、この作品の場合、宮崎駿の天才に、といえるだろうか。

■ところで、フェリーに持ち込んだDVDのなかには、その宮崎駿の息子・吾朗氏が監督したアニメ映画「ゲド戦記」もあった。原作のファンとして、以前から観よう観ようと思いつづけていた作品だ。

■いざ観始めると、長女は冒頭の数分で「こわーい!」と言って泣き出しそうになったので、一緒に観る事は諦め、彼女らが寝静まってから、僕一人でこっそり観た。

■さて、その所感を全てここに書くのは、長くなるのでしない。言いたい事、思った事は、山ほどある。

■ここで言えるのは、まず、「親の才がそのまま息子に乗り移るわけではない」という当たり前のことが改めてよく判った、ということ。

■そして、主観的にも客観的にも重要だと思われるテーマを公の前に表現するうえで大事なのは、決して独り善がりに陥ってはいけないのだ、ということ。

■後者に関しては、大いに自戒の意味合いが強い。この「ゲド戦記」は吾朗氏のデビュー作だ。じつを言うと僕は「ゲド戦記」を観終わってからしばらくの間、その内容や出来のことよりもむしろ、拙著「森のいのち」のことばかりを考えていた。

■表現においては、思想と技術の両輪がしっかりと噛み合って、なおかつそれらが正確に同じ方向を目指していなければ、それは中途で分解してしまう。作者の思い入れだけでは”強い表現物”は出来ないのだ。そんなことを思いながら、僕は正直、ちょっと冷や汗をかいていた。

■ともあれ、表現するということの絶対的な厳しさや難しさ、そして、それにもかかわらず「表現できてしまえる」ことの恐ろしさというものを改めて知らされたアニメ鑑賞のひとときだった。これからもそれらを肝に銘じておこう。

■それにしても、やはり、つくづく宮崎駿という作家の技術はすごいのだなぁと思い直す。「ゲド戦記」を見ての所感は、言い換えれば、宮崎駿の力量がよりいっそうよく理解できた、ということに落ち着くかもしれない。



| 映画 | 20:37 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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新年

■新年明けましておめでとうございます。

■12月30日から昨夜まで、実家に帰省しており留守にしておりました。留守中にご連絡を頂いた方々、また年賀状を頂いた方々、お返事ができずにいてすみませんでした。

■今日から今年の始動です。本年もどうぞよろしくお願い致します。

| 暮らし | 10:35 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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