小寺卓矢・森の写真館 top_image
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2008年10月 | 月別の日記 | 2008年12月

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ヴィルヘルム・ハンマースホイと小栗康平

■たったいま、NHK「新日曜美術館~誰もいない部屋こそ美しい/北欧の画家・ハンマースホイ」を観終えました。

■100年前にデンマークで制作を重ねた画家。その徹底して静かな眼差しに貫かれた作品たちに、文字通り、息を呑みつつ見入ってしまいました。

■彼の作品がどのようなものかについての詳細は、長くなりそうなので、ここには書きません。

■しかし、こうした個性的な画家(←これ、究極の矛盾を孕んだ言い方かもしれませんけど…笑)の美意識や世界観に触れると、やはり「画家って、すげえなぁ…」と、戦慄に近い感慨を覚えます。特に、彼の愛用していたパレットの映像が出て来たときには、なんだかふるふるっと身震いする思いでした。

■そして、この番組ではさらに良かったことが。それは、それらの作品を解説(解釈)する映画監督・小栗康平氏のことばに触れられたことでした。

(じつは、そもそもこの番組を観ようと思ったのは、今朝新聞の番組欄に小さく書かれていた「沈黙の絵画」ということばと、その横に添えられていた「小栗康平」という名前を見つけたからでした…)

■動かないこと。動かないものごとを見つめること。または、”見る”という行為そのもの。そして、その行為なかで人の思いの中に立ち昇ってくる、”在る”ということへの感慨。または、”在る”ということ自体の本性、また、意味。

■ハンマースホイの絵自体ももちろん良かったのだけれど、小栗氏のことばは、もうそれはそれですでに独立した思想(小栗節?)として、ずんずんと僕の胸に迫ってきました。

■僕はそれに逐一、はっと気づかされ、深く納得させられ、また、励まされ、鼓舞され。

■しまいに、小栗氏が「”見る”という事について、例えば林のなかで佇んでいる人のことを考えてみましょう。」と言い及んだときには、一昨日まで森の撮影行に出かけていた僕はもう、胸中で「ああ…」という、解放とも安息ともつかない、深い深い溜息を吐いていました。

■今夜また同じ番組の再放送があるので、録画しよう、と。


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写真は、カバの倒木に生えたツリガネタケ。
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| 芸術 | 10:22 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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11月撮影分その1

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もう飛ぶか、まだ飛ばぬか。
そして、冬空へ飛び発って、どこへいく。

| 写真 | 10:35 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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10月撮影分、また

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ただ、撮りました(されど、撮りました)

| 写真 | 10:39 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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新作

■体調回復!何人もの方から「お大事に」の声をかけていただきました。この場を借りて、有難うございます。

■しかし、約二日寝込んだ分だけ、まぁ、仕事は溜まるわけで…。

■これまでひっぱりにひっぱりつづけてきた写真絵本2冊目の原稿です。

■いままで何度も打合せを重ねてきて、ようやく最終イメージが見えてきたので、それを今週中頃までに一気に形にしようと思っていたのですが、体調不良の余波で、結局、昨夜半まで掛かってしまいました。

■今朝編集者に文字原稿とダミー画像を送りました。で、返ってきた反応は良好!

■昼になり、保育所から次女が帰ってきたので、彼女を膝に乗せ、簡単に製本したダミーを読み聞かせたところ、こちらも反応良好。

■じつは今回の本、まさに次女(もうすぐ2歳)を読み手に想定して作った写真絵本。その本を「もっかい、よんでー。ねー、もっかい!」と4回にわたって読んでくれた次女(4回目の途中で、膝の上で寝てしまった…)の反応をみる限り、ああ、とりあえずは大丈夫かも…とひとまずの安堵。

■でも、これから編集者ともう少し詰めます。

■前作よりも「読み聞かせ」を意識し、読み手と聴き手が共に楽しめる本にしたつもりです。理解・解釈・咀嚼と消化作業の必要を、極力省いて。

■どうぞ、今しばらくお待ちくださいね。

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追記

夜、床に入り、子ども達にそれぞれお気に入りの絵本を読み聞かせして寝かしつけ、さあオトーチャンは新作の推敲だ、とダミー本に目を通し始めたら、次女が「それ、ちょーだい」と言いだした。しかし、「読んであげるか?」と誘えば、「ううん。よむ、ない。」(=読まなくていい)と拒む。

ははあ、これはつまり、「ほら、オトーチャンももう本は読まずに寝なさいよ」ということか、はたまた、次女にはまだ他に読んでもらいたい本があって、おとーちゃんが手にするこのダミー本が邪魔なのだな…と推測。

次女に「はいはい、これ、いらないのね。どうぞどうぞ。で、つぎは何読むの?」とお邪魔なダミー本を手渡す。

すると、次女からは「これ、よむ」と意外な返事。え…?さっきこれは読まなくていいと言ったじゃない…?意外な顔で次女を見ると、彼女ふとんに寝そべったまま、なんと一人でそのダミーのページをぱらぱらと繰り始めたではありませんか。

ぼそぼそ…こちょこちょ…と、声にならない声で何事かをつぶやきながら、一心にページをめくる次女。僕はおそるおそる、「〇〇ちゃん、その本、好きなの?」と聞いてみました。すると次女、目はページを追いつつも、「うん、これ、すき」と。

あら、嬉しい。

そうです、それはあなたに読んでもらいたくて作った本ですもの。あなたに見てもらいたい森の景色、そして、あなたに触れてもらいたいことばを、この力足らずのオトーチャンなりに、こころを込めて綴ったものなのですよ。

…ま、ここでちょっとひねた考えをすれば、多分、”読んで欲しい”、”この本から何かを感じて欲しい”という、作者であり読み手、そして父親としての強い情念がそこはかとなく次女にも伝わって、彼女も2歳間近なりの想像力で「ふむ、これは、わたしとトーチャンにとって、なにやら特別な意味のある本なのだな…」と思いを致したのでしょう。

でも、そうではあっても、嬉しい。もし「これ、すき」という思いがたった一夜の気まぐれであったとしても、とりあえず、よかった―。

ホッと安堵を感じている僕の横で、そのあとも次女はしばらく一人でページをめくっていましたが、いつしかぱたりとページを閉じて、ダミーを抱きかかえるようにして眠りについていきました。おやすみ、ねんね。

(はい、親馬鹿&自画自賛の日記でした。まことに、すみません…)

| 仕事 | 16:09 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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連休が終わり…

■9月から10月にかけての多忙期も、この11月の連休でようやく一段落。

■で、ようやく日記も更新か…と思っていたのですが、またしても体調を崩してしまっています。胃から来る風邪のようです。

■でも、明日にはよくなるでしょう。

■今日、ここ十勝でも雪が降りました。町ゆく大人たちは、僕も含め「いよいよ、来たな…」と背中をまるめていましたが、長女は「冬のにおいがするよねー!」と喜んでいました。

| 未分類 | 20:45 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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