小寺卓矢・森の写真館 top_image
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2010年10月 | 月別の日記 | 2010年12月

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鬼を笑わそう

■鬼を笑わすには、来年の話。

■来年5月末、奈良でマリンバ奏者の中田麦さんと再度コラボレーションを実施できることになったのは、すでにこの日記に書いた。今度も、子どもも大人も参加できる音楽と映像のコラボイベントになりそう。

■主催者は、他にも学校等での公演をいくつか考えてくれているそうだ。奈良の皆さん、関西方面の皆さん、どうぞお楽しみに!

■それに先立つ4月23日(土)には、神奈川県内のある公共施設でデジカメ写真絵本づくりワークショップを開催できることになった。先日現場の担当者の方と打ち合わせをしてきた。

■正式な諸手続きがまだ済んでいないので、まだ詳細を公にはできないのだけれど、ほぼ決定。

■関東のうららかな春の風景の中でどんなワークショップになるか、とっても楽しみだ。

■あと、昨年度、今年度もお世話になった地元十勝のある教育機関の方から、ちょっとウキウキするような来年度に向けてのご提案も頂いた。

■子どもたちにとってハードルは高くなりそうだけれど、でも、実現できたら素晴らしい。間違いなく、成長の大きな糧となる。子どもたちにとっても、僕にとっても。

■このように、各地で「現場」をもち、特に、そこで子どもたちと向き合っている方々から声をかけていただけることは本当に嬉しい。

■拙いながらも自分の職能を通して、それら「現場」のお役に立てることが、嬉しい。

■先日の高知でのワークショップの際にも感じたことだが、いろんな意味で、結局のところ人は人によって生かされる(活かされる)のだなぁ、と実感する。

■人と人の思いが共鳴し合って、そこに何か新しいもの、熱を帯びたものが生まれる。

■その現場に、自分が当事者としてい合わせることができるという嬉しさ。

■全く拙く、全くささやかながらも、これまで写真を撮ってきてよかったなぁとつくづく思う。

■こうした、人との関わりの中で自分が生き(活き)生かされる(活かされる)という実感を、いろいろな場面で子どもたちと共有しながらこの先も生きていけたらいいなぁ、と思う。

■でも、こんな無邪気でおめでたいことばかり言っていたら、それこそ鬼に笑われそうだ。

■まずは、今日やるべきことを、今日、ちゃんとやらねば、ね。
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| 備忘録 | 00:09 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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人形

■先日東京に行った折、いつもお世話になっているある方から「娘さんたちに」と、動物園で働く人びとの人形(フィギュア)をいくつか頂いた。

■3歳と8歳の娘とが、それで、延々とおはなしごっこをして遊んでいる。

■他愛もない支離滅裂なストーリーだけれど、おはなしはどこまでも膨らみ、娘たちのキャッキャと弾む声は止むことがない。

■すごいなぁ。ただのプラスティックの人形がアニマを宿す。

■ごっこ遊び、大事だなぁ。

| 備忘録 | 10:18 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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世界を呑もうと思えば

なだらかにたっぷりと、どこまでも丸くひろがる世界を、ちょきんちょきん切り分ける。

で、小さく切ったその断片の一つ一つを、腑に落としてみる。呑み込んでみる。

そう、世界を呑もうと思ったら、僕らは、まずは世界を切らねばならない。

でも、あたりまえのことだけれど、世界を如何に器用に上手に切り刻もうとも、その断片を如何にたくさん呑もうとも、世界全体を呑み尽くすことなど、とうていできない。

呑んでる途中で気持ちのよい満腹感、充足感が感じられたとしたら、それは案外、危うい錯覚なのかもしれない…と疑った方がいい。

で、そうした切り刻むばかりの営みが、呑み込むばかりの営みが、かえって世界についての錯覚しか生まないのだと分かったとき、ならば今度は、と、自分の肚んなかで呑んだ断片同士をくっつけて、もいちどげろりと吐き出してみる。

もしもその吐瀉した混合体が、呑み込む前のキレイに切りそろえられた断片には観られなかった不可思議な姿を持ち、不可思議に臭いたっていて、不可思議で妖しい光沢を放っていたならば、しめた!と思ってそれをじっくり観察してみるのがいい。

案外、その小さな混合物の異形、それが放つ臭いと光沢の向こう側にこそ、呑もうと思っていた世界の質量や輪郭が、薄ぼんやりとではありながらも、確かに感じられてくるかもしれない。

(そしてついには、断片にすらしてもらえずにただ切り残され捨てられるだけだった世界の”端材”が、じつは自ずから/始めから、同じ臭いと光沢を放っているのに、ようやく気づいたりして)

| 備忘録 | 23:43 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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もろもろ

【学校での講演】

■11月9日、奈良市内の小学校での、マリンバ奏者中田麦さんとのコラボ公演。

■忙しい日程の中で、僕の森の写真映像に、透明感のある陰影と幾ばくかの緊張感を帯びた絶妙な楽曲をつけてくれた中田さん。中田さんの”森”への理解に、とても共感。嬉しい。

■来年5月、再び奈良市内のホールや学校でコラボレートできることが決まった。これも、嬉しい。

■しかし、翌10日の同市内の別の小学校での講演の折にも、また、その後高知の小学校で行ったデジカメ写真絵本づくりWSの折にも感じたことだけれど、このように「部外者」を招いての特別授業をじつに朗らかに企画遂行する教職員の方々と学校現場で出会えるということも、嬉しい。

■いま、管理主義とめまぐるしい多忙さが、学校現場の風通しを滞らせているように感じる。本来”伸びやか”であるべき育ちの現場に内向きな閉塞感ばかりが強まってしまうのでは…と心配になるような話をたびたび見聞きする。

■そんな中にあっても、子どもたちに佳き体験を、本物の経験を、と、外へ眼差しを向けることを諦めない先生方がまだたくさんいるのだ。

■そうした先生方の思いに対して、「外」の人間としてどれだけ純度の高いお返しをできているかどうか、我が身を省みると、ちょいと身がすくむ。と同時に、やはり、そんな先生方と出会えることがとても嬉しい。


【正倉院展】

■小学校での講演のあと、少し時間があったので、担当の先生のお勧めもあり「正倉院展」を観に行った。

■翌日が展示最終日、またちょうど遷都1300年で奈良自体が大賑わいしていたことも重なってか、午後2時を過ぎていたにもかかわらず会場の前には長蛇の列。

■少したじろいだが「せっかくこの時期に奈良に来たのだから…」と自分を励まし、久々に、自分の意志でこうした人の大群の中に身を置くことにした。

■さて、展示されていた数々の貴重な物品の中でも、今展の目玉である「琵琶」は、やたらと美しかった。古今を問わぬ”贅の極み”が、展示場の薄暗がりに浮き上がるように、爛々と輝いていた。

■でも、こうした美しくて貴重な「贅」がこの都のひとつところに集められたという華やかな歴史事実の裏で、さて、たとえば都を遠く離れた山間の名も無き民衆たちは、どんな暮らしをしていたのだろう…と思いめぐらす。

■華やかなスポットライトをあび、ある名とともに残る歴史とは、そして文化とは、何に根をもち、誰がため、何のため、と、展示場に溢れかえる人いきれのなかで、思う。

| 備忘録 | 09:39 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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奈良/高知

■奈良では、市内の小学校で講演。思いを持った先生と、思いを持ったコーディネーターと、思いを持ったプレイヤーと。

■高知では、3日間に渡りWS。思いを持った主催者と、思いをもったコーディネーターと、思いを持った支援者と。

■もちろん、それら思いが小寺を通じて表に出たときに、それを受け止めてくれる受講者/参加者と。

■その他、今回の旅で関わって下さった方々全てに、あらためて「ありがとう」と伝えたい。

■生きてるってのは、なかなかにいいものだと、本当に思う。

| 備忘録 | 00:27 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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ミニ写真展

帯広信用銀行士幌支店のロビーで小さな展示をしている。支店開店50周年の記念展示。19日まで。

ただ、いつもの通り、どこかに陰のある暗ーい雌阿寒周辺の写真ばかり。

こんな写真しかない写真家に声をかけて下さったのだから気にすることもないとは思うのだけれど、「帯広」の名を冠する銀行のロビーに、いわゆる「十勝の写真」とはほど遠いイメージの作品ばかり。

いいのかなぁ…。

| 仕事 | 21:44 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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道新記事

■北海道新聞朝刊の「発信2010」に現在連載中の「奮闘 小さな図書室 苫前町公民館」が、良い。

■タイトル通り、図書”館”ではなく”室”という小さな規模での運営を行うマチの図書館が、様々な工夫をこらしながら魅力ある社会教育・文化情報発信の拠点として機能している、その奮闘ぶりを紹介する記事だ。

■記事中で司書さんが語る「助成金がなかったら、何もできませんよ」との言葉どおり、実際には、各地どこの自治体も慢性的な「金がない」状態におかれており、苫前においても、町の予算でまかなえない部分は様々な外部助成金や補助金をあちこちから集めて事業運営に充てているという。

■行政が限りある財源をどう割り振るかというときに、社会教育よりは産業振興や福祉に…という選択をとらざるを得ない現状は、まあ致し方ない。

■でも、苫前の町教委社会教育課長の次のような言葉は、その「致し方ない」という消極的態度に一石を投じてくれる。

「予算がないからと縮こまっていたら、視野も発想も広がりません」

■予算があるかないかを云々する以前に大事なのは、そう、「視野や発想を広げることを欲する」という、主体の”意思”だ。

■記事中には、司書・安藤麻里さんの発言として、次のようなことばが紹介されている。

「前々から(講師の)話を聞いてみたかったんです」

「温めていたアイデアを実現するチャンス」

「読み聞かせは高齢者向けにやっても面白いよね」

「図書室はいつも何かやっていると思ってもらいたい」

■どのことばも、根底にあるのは「こうありたい。こうしたい。」という”意思”と”意欲”だ。

■“意思/意欲”を基点にしなければ、何も物事は始まらない。

■そんな至ってシンプルかつ当然な物事の道理を、しかし、この記事に垣間みる苫前図書室の取り組みは「そこが肝心!」と再認識させてくれる。

■やりたいと思うか、思わないか。その思いが、本気かどうか。”熱”を帯びた「わたしの本気」かどうか。

■手続き論、組織論、方法論…理屈を並べて難しい顔をするまえに、まずは、それをやってみた先のビジョンを思い描いて、「うわ、これやったら、素敵なことが起るかも!」と想像し、ニヤニヤするところから始める。

■多分、その想像力こそが”意思”と”本気”を生み、転じて現実的な「創造力」となっていくのだろう。

■想像力。ヒトをニンゲンたらしめる根源のちから。

■普段の生活にも、地域のことにも、また「平和」のためにも、フルに活かしたいものだ。

| 備忘録 | 10:17 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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フキの葉/トドマツ、逝くのと、生くのと。

20081113_0070 _DSC4772

20081112_0061 _DSC4751

どちらも一昨年の11月中旬に撮影。

| 写真 | 23:17 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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