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2011年03月 | 月別の日記 | 2011年05月

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南相馬2

前回の日記内容と話が前後するが、南相馬の町の状況やそれに対して思うことを、僕が知り得、感じ得た範囲で書いておきたい。


ーーーーー

前回の日記にも書いたが、鹿島区のボランティアセンター(VC)には、僕が参加した2日間に関しては、概ね50名ほどのボランティア(ボラ)が集まっていた。

僕はあいにく避難所の中まで様子を見ることができなかったのだけれど、もしかしたら、VCに朝9時に集合している人たち以外にも、別途避難所などで対応にあたっているボラがいたのかもしれない。

いずれにしても、海岸沿いの津波被害の甚大さを目の当たりにした後では、前回の日記の冒頭に書いた通り、ボラ人員の頭数がこの程度では「どうしようもない」と思わずにいられない。

ただ、どうしようもない人数不足のなかで今後どうしようもなく大変な長期戦になることは分かっていても、いまできることをコツコツと積み上げていくしかない。

ここに来るまでは、たった2日間しか滞在できない自分など「無力」だと思っていた。しかしそれは違う。全くの微力であることには違いないが、決して「無力ではない」。

被災地には、たくさんの人手が、働く人間が必要だ。たとえ参加できるのがわずか数日でも。

災害発生から1ヶ月半も経ってようやく現地にはいった僕が偉そうに言うようなことではないのだけれど、できればより多くの人が現地に足を運ぶようになるといいなぁ…と実感する。



ただ、どんな支援を行うか、またどこの被災地で支援を行うかについては、いうまでもないことだけれど、あくまでも個々人の判断に委ねたい。

特に、東京電力福島第一発電所に比較的近い地域での作業については、放射線被曝に関して様々な情報を自分自身で吟味・判断し、決断する必要がある。

そこに生きる地元の方たちのことを思うと極力使いたくない言葉ではあり申し訳ない気持ちになるが、つまり「リスクは自分で負う」という決意がもとめられる。

僕は、各種メディアや福島在住の知人など様々な情報源から得た情報を元に、実測放射線量、自分が従事する作業の内容と滞在時間、いわゆる「暫定基準値」などの数字を照らし合わせた。

たとえば…
福島県ホームページ/環境放射能測定結果・検査結果関連情報

そのうえで、いわば「ただちに健康上に影響が出るレベルでは無いだろう」と自分で思えたし、また今後においても健康上憂慮すべき影響は(僕にとっては)ないだろうと思えたので、南相馬市鹿島区での屋外作業に従事することを選んだ(もちろん、余計な被曝を極力避けるための対策や工夫は、自分にできる範囲で行った上でのことだが。)

なにより、郡山の知人から聞いた情報のうち南相馬が抱える「人手不足」という問題に対してなにかしたい、という思いがあった。

また仮に、わずかな時間の中でごくささやかな援助しかできなくとも、南相馬のような状況におかれた地域とそこで生きる人たちに、ひとときでも出会っておきたいと思った。



よく知られているように、「南相馬」もしくは「福島」に関しては明らかに行き過ぎといえる排斥的差別行動が顕在化しているそうだ。

「福島ナンバーの車というだけで県外で車をボコボコにされて”原発”とスプレー書きされた、というエピソードは、たんなる噂ではなく本当なんですよ」と地元の人が話していた。

また、ほかのある人はいま南相馬がおかれている現状について憤慨しながら次のようにいった。

「南相馬市には、原発からの距離が20km圏内の警戒区域にかかる地域もあるが、30km圏外の地域もある。鹿島区は30km圏の外側にある地域。しかし、マスメディアが流すのは”南相馬市はどこも一緒で、危ない”というイメージだ。

また、ネット上のうわさ話で「南相馬はすでにゴーストタウンと化している」というのを私たちも見ている。ご覧いただいてお分かりのとおり、実際には店も開いているし、住民だって普段通り生活しているのに…。

そんな情報ばかりがながれるから、この鹿島区にも外部から人が寄り付かなくなってしまった。ただ、最近になって、ボランティアなどで南相馬に実際に来た人がツイッターなどで正確な情報を流してくれるようになって、少しずつ人も寄り付くようになってきてはいるのが救いだ」。

南相馬市・桜井市長が「これは兵糧攻めだ。このままでは南相馬市民は飢え死にする」と叫びをあげた当初の状況よりは、いまは事態は改善され、物流も回復を見せ始めて入るようだ。実際に町を南北に貫くメインストリート(国道6号線)を走っていると、既にいくつもの店舗が営業を再開していて、ガソリンにしろ食料品にしろ比較的潤沢に物資は行き届いているように見えた。

(ちなみに、僕は南相馬滞在中、VCから車で数キロ程度の距離にある「道の駅そうま」の駐車場に寝泊まりをしていた。トイレや水回りなどは全く問題ないので、いつもの本州出張の時と同じように、快適に夜を過ごせた(現在道の駅店舗部門の営業は休業中)。

その近くにあるコンビニ2件は、24時間営業ではないかもしれないが、品揃えなどは通常に近い状態で営業している。朝の通勤時間帯には、被災現場へ向かう各種作業員たちが多数来店して弁当や飲物、たばこなどを買っていた。誤解を恐れずにいえば、”特需”ともいえる大繁盛だ(大手コンビ二というのがもったいないが…)。

お腹がぺこぺこになれば、車を少し走らせれば「震災支援特価・カレーライス350円!」というレストランがあったり、「醤油ラーメン500円・ご飯1杯無料・キムチ食べ放題」というラーメン屋もある。実際、ラーメン屋は、大変世話になった。

国道6号線の車通りは多い。自衛隊車両や建築関係の大型トレーラー、土木業者のライトバンなども多いが、もちろん福島ナンバーの地元の人たちの日常の行き来がたくさんある。鹿島区から原町区中心市街地にかけての国道沿いは、ゴーストタウンなどとは全くほど遠い。)

いわゆる「風評被害」が南相馬にはある。それに困惑している現地の人びとがいる。ただでさえ困っている人をさらに追いつめる「風評」には、直接的な当事者ではない僕ですら腹が立つ。




しかしその一方で忘れてはいけないのは、吹けば飛ぶような嘘偽りの「風評被害」のさらに向こう側には、厳然とした事実としての重たい「原発被害」の「実害」があるということだ。

根拠の不確かな風評は、丁寧に排除すればいずれ消え去るだろうが、東電原発事故が南相馬市のみならず周辺各地に直に与えた”具体的ダメージ”は、依然看過してはならないと僕自身は考えている。それはそれらの地域に居る人間、訪れる人間たちにとって先述したように「リスク」として変わらず在りつづける。

東京電力が管理する原子力発電所が事故により生じさせてしまった問題は、ヒステリックに過剰反応すべきではないが、しかし逆に、根拠に基づかない情報を元にしてその全てを「風評、風評」と軽んじて看過してしまってはいけないと感じる。

「風評被害」という言葉を隠れ蓑にして、本来向き合うべき「原発被害=東京電力原子力発電所の事故がもたらした実被害」から目をそらすべきではない。



回りくどい書き方になったが、南相馬に限らず東電福島第一原発周辺の被災地に赴く際には自分自身のリスク判断のもとで、とあらためて書いておこう。

その上で僕は、やはり言いたい。

もし状況が許すならば、一人でも多くの人にぜひとも南相馬市の被災に関わってもらいたい。

自分自身で情報を整理し、もしもリスクを感じたとすればそのリスクを自分で背負いきれる範囲内の関わり方で、短時間でも構わないので、できれば現地に足を実際に運んでいただけるのなら、彼の地のひとたちは大変喜ぶだろう。

とにかく、人手が必要だ。



○問い合わせ

南相馬市鹿島区・鹿島区災害ボランティアセンター
http://ameblo.jp/minamisoma-svc/entry-10863071696.html

電話:0244-46-5354

地図:
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E140.57.52.2N37.42.19.0&ZM=11



(つづく)
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| 備忘録 | 11:56 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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南相馬

このあと、かなり長々とした日記を書く。そのまえに、端的に、被災地に来てみての感想とお伝えしたいことを書いておく。

震災発生から1ヶ月半がたつが、ここ南相馬の復興への道のりはまだまだ遠い。南相馬では、明らかに被害の大きさに対してその処理にあたるヒトの数が足りていない。

原発の問題もあるので、常にリスクを自分で背負うことが求められるが、できれば、南相馬にもっとたくさんの人間がボランティアとして足を運んで欲しい。被災者がまともな暮らしをはじめるためにやるべき仕事は、まだまだ山積みのままだ。

途方に暮れる。

多分、南相馬だけのことではないのだろうけれど…。原発から20km圏内など、その様子を想像するだけでさえ、溜め息が出て気がめいる。被災もしていない僕のような人間がめいっていては仕方ないのだけれど…。

人手が必要だ。もし状況が許す人は、南相馬に限らず、ほんの短い間でもいいので被災地へ来て欲しい。

震災から1ヶ月以上たってようやく足を運んだ僕のような人間が偉そうに言えることではないのだけれど…


ーーーーーーーーーーーーーーーー

朝9時前。南相馬市鹿島区の震災ボランティアセンターへ。

受付をすませ、飲料水などの配給を受け、マッチング(ボランティア参加者を被災者からの支援希望にどう割り振るか)を待つ。

ざっと見渡すと、集まったボランティアスタッフは、20代とおぼしき若者から60代くらいの中高年まで50~60名か。

数日前から参加している人に話をきいたら「おとといあたりはもっと少なかったんですよ。人が増えてよかった」と。

マッチングの結果、僕は、男性6名女性2名からなるチームに配属され、被災者Sさんのお宅の屋外掃除を受け持つことになった。

チームのメンバーの自家用車に分乗し、センターから車で5分程の現場へ向かう。

センターがある国道6号から西側(陸側)の地域は、屋根瓦がはがれた家屋は散見されるものの、津波の被害はまったく見られない。

ガソリンスタンドやコンビニなど沿道の店舗も多くが通常営業を始めているらしく、パッと一見するだけでは、ここが”被災地”だとは気づかない程だ。

しかし、国道から少し東側(海側)に進むと、あるところから沿道の田んぼや畑の様子が変化する。明らかに、本来の土壌とは異なった異質な泥をかぶっているのが分かる。

ほどなく、あり得ない場所にあり得ないものが見え始めた。

田んぼの真ん中に、巨大な流木。海岸線からかなり離れているはずの道ばたに、ひっくりかえった漁船。

あちこちに現れる積み上げられたがれきと木材の山。いったい何十戸の建築物が壊れれば、これだけの廃材が発生するというのか…。

何人もの自衛隊員とすれ違いながらSさん宅へ。到着してすぐに、家屋の壁にくっきりと記された泥跡に気づく。僕の胸の辺りの高さに、一直線に薄茶色い泥のラインが引かれている。水がその高さまで押し寄せたのだ。

家屋のすぐ傍らには、ぺしゃんこにつぶれた納屋。鉄骨の柱がぐにゃりとひしゃげ、屋根の下でトラクターが一台押しつぶされている。

家屋の1階の床は、ほとんどが畳の下の床板まではがされていた。床下の泥をかき出したのだろう。

泥まみれになった家屋内の掃除は女性2名が受け持ち、我々男性陣は、家主さんとともに、ひたすら家屋周辺の掃除を行う。

掃除といっても、ほうきでゴミを掃き集めるなどという生半可なものではない。

庭や立ち木の植え込み、生活排水を流す排水溝など、あたり一面にこびりついた泥まみれの麦わら。散らばる様々な建築資材。

津波にのって周辺の田んぼから土泥とともに一気に押し寄せてきたゴミ。

木々の根元に引っかかるようにして、ハンドバックやペットボトルなど、生活品も多々それに混じる。

それら重たい土泥まみれのゴミを、レーキやフォーク、角スコップでかき集め、一輪車にごっそりと山盛りに積んでは、道の向いのがれき集積所(といっても、もともとは田んぼだ)に捨てにいく。

何度も、何度も、ひたすらそれを繰り返す。

潮の香がまじった泥の臭いが鼻の奥にツンと広がる。「泥、臭いな。もう1ヶ月以上も経ったからなぁ…」とSさん。時折、重労働の手を休めながら、震災当時の様子を教えてくれる。

「土手の向こうの方に野球場がみえるでしょ。あのあたりの地域の避難所に指定されていたので、地震の後、子どもたちが球場に避難したんだ。

でも、川をさかのぼった津波があっという間に土手を越えて球場にも入って。スタンドや得点盤のところにのぼった子は助かったんだけど、グランドにいた子たちは、流されちゃった。

まさかこんな津波が来ると思わないから、“地震のときの対応”として先生方もグランドの真ん中に子どもたちを集めたんだよね。それで…。

でもそれはしかたないよ。あんな凄い津波がくるなんて、だれも思ってなかったもの…。

ほら、(Sさん宅から50mほど離れた田んぼを指差しながら)あのあたりでも、5人くらい(遺体が)見つかったんだよ」。


(つづく)

| 備忘録 | 21:04 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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115号線

福島市街地から国道115号線で、東へ。海の方へ。

霊山から相馬への街道を走る。

自衛隊車両、建築資材を積んだ大型トラック、「医薬品保冷車」と書かれた箱トラ、札幌や三重や名古屋や、さまざまな地名のプレートをつけた車たち。

この、じつにのどかな谷間の街道にはいささか不釣り合いな数の車両が、一列になって、東へ、海の方へ向かう。

軽い渋滞による、ゆっくりとしたスピード。のんびり車窓の外を眺めれば、周辺の景色のなんと美しいこと。

東から、海の方から、何ものにも遮られない清らかな朝の光が、谷筋に差し込んでくる。

沿道の木々の枝先に柔らかな若葉の萌黄色が点々と灯る。逆光に透き通る春紅葉。民家の庭先のスイセン、レンギョウの黄、モクレンの高貴な紫の花々が咲き誇る。

そして、やさしくほのかな紅をおびた、満開の桜。

ちょうど通学の時間なのか、小学生の兄妹がふたり、花々に負けないくらい楽しげな笑顔を咲かせながら、桜の下を東に向け、朝日に向けて、かけていった。

その光景は、それはそれは美しく、でもあまりに美しすぎて、胸の奥がちりりと痛む。

| 備忘録 | 07:47 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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安達太良SA

須賀川市あたりから瓦屋根の上のブルーシートが目立つように。道路上にも「段差注意」のカラーコーンが多数。

| 備忘録 | 18:48 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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那須高原

桜とコブシ、美しい。

| 備忘録 | 17:53 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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ワークショップそのた

■21日の夕方にフェリーで新潟につき、22日から神奈川に滞在しています。

■昨日23日は座間市立図書館で、そして今日24日は鎌倉市中央図書館で、それぞれ「デジカメ写真絵本づくりワークショップ」を行いました。

■座間WSは、雨、どしゃ降り…。

■でも、館のすぐ裏にある森林公園に、傘さしてカッパ着て、入りましたよ!子どもたち、頑張りました!

■ちょうど森で撮影をしている時間帯に風と雨がひどくなり(泣)、ちょっと早く撮影時間を切り上げたのですが、悪条件の中、子どもたちはなかなかいい写真を撮りました。

■若葉の柔らかなみどりが、雨に濡れてよりいっそう艶かしく照り、木々や草のいきづかいを感じるような写真、多数。

■「絵本」も、雨の日ならではの個性的なものができ、結果としては良いワークショップになったように思います。

■みんな、お疲れさま!

■今日の鎌倉WSは、うってかわってピーカンの真っ青な空のもとで行いました。

■図書館の開館100周年のめでたい節目に、いくつか行われるイベントのひとつとしてお招きいただきました(うれしい!)。

■撮影は、館に隣接する鎌倉市内の伝統校・御成小学校の敷地内にて。

■歴史的な建造物もあり、また、楠の巨木をはじめいく種類もの草木に囲まれた、じつにフォトジェニックな学校です。

■子どもたちも、じつに気持ち良さそう。あちこち駆け回りながら思い思いに撮影に励みました。

■参加人数も多く、また、子どもたちだけの参加とはいえ未就学児から小学高学年まで年齢も幅広かったので、出来上がった作品もバリエーション豊富!

■僕も含めた大人たちは、今日もやっぱり、子どもたちの”創る力”のたくましさに舌を巻いたのでした。

■担当してくれた館の司書Aさんの「子どもたちの作品には、もう、凄い、としか言葉がでませんが…」という最後のひとことが、全体の感想を端的に表してくれていました。

■ところで、座間へも鎌倉へも、何人かの方々が遠くからわざわざワークショップの様子を見学に訪ねてくれました。

■昨日は、子どもイベントを中心にして子どもとまちづくりや環境デザインに取り組むNPO法人から若い男性が訪ねてきてくれました。

■話をしてみると、なんとなんと、さまざまな部分で「縁は異なもの」としか言いようが無い不思議な共通点があるかたで、またの再会が楽しみになりました。

■今日の鎌倉WSへも、長野県から企画プランナーのMさんが、ご友人のデザイナーの方、横浜の図書館関係の方をつれて訪ねてくれました。

■ワークショップに参加してくれた小学生姉妹のお母様で、地元鎌倉で絵本店を経営されているSさんも、終了後にワークショップの感想を聞かせてくれました。

■ワークショップを主催して下さる図書館司書のみなさんとの嬉しい出会いも含め、こうして、子どもたち以外にもさまざまな方々とお話ができることが、じつはとても楽しくもあり、ありがたくもあります。

■しかも今日は、図らずも、写真界の直木賞と称されるある写真賞を受賞された写真家Iさんともお話しする機会が得られ、想い出深いWSになりました。

■さて、あすから27日までの3日間。

■今回の上京予定をきめた当初は、その数日間に、いつもお世話になっている出版社を何社かたずねる計画だったのですが、あの3月11日以降いろいろ考えて、結局被災地へボランティアにいくことにしました。

■どんな仕事があるのか、詳しいことはボランティアセンターの方には聞かなかったのですが、たぶん被災家屋の泥かきをすることになると思います。

■移動時間を考えると、実際に働けるのは、正味わずか2日。そんな短い時間で、僕になにができるのか。

■行く前から既に自分の微力・無力を感じずにはいられませんが、ただ、あの大災難を免れた僕までがしょんぼり下を向いていてどうする!とも思うので、まずは、いってきます。

■たぶん、南相馬へ行きます。また、いろんなご意見があるかもしれませんが、カメラはもっていかないつもりです。

| 備忘録 | 20:08 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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肝心なのは、その先だ。

(いまさら書いても仕方のないことだけれど、自分への備忘録/戒めとして、敢えて記しておく。)

「○○だから、○○できない」の、さらにその先、「じゃあ、どうすればそれができるようになるだろうか」ということのためにこそ、時間を費やし、汗をかき、悩み、ときには心をすり減らせ、泣いたり笑ったりしたい。

「できない」「わからない」「無理…」で停まってちゃ、ニンゲン、お終ェーよ。

やろうぜ、その先。いこうぜ、その先。

| 備忘録 | 20:30 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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岸田衿子さん

童話作家の岸田衿子さん死去 人気絵本「かばくん」
http://www.47news.jp/CN/201104/CN2011041301000238.html

…というニュースを、ついさっき知った。

じつは、ちょうど今朝、朝食のあとで何の気なしに読んでいた本が「幼い子の詩集 パタポン 2」(童話屋)。そこに収録されていた次の詩を、僕は、感慨深く読んだばかりだった。

偶然というにはあまりに不可思議で、静かな重たい驚きを、いま噛みしめている。



 うみと わたし
          岸田衿子
  
 うみが りょうてを ひろげて
 はしってきたから
 わたしも りょうてを ひろげて
 はしっていったの

 うみが しゃらしゃら
 なみで くすぐったから
 わたしも しゃらしゃら
 くすぐってあげた

 うみが さよなら さよなら
 てをふったから
 わたしも さよなら さよなら
 てをふってあげた




| 備忘録 | 16:28 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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知らせ

アラスカから信じられない知らせが届いた。絶句。祈るしか無い。

| 備忘録 | 22:09 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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【震災関連】札幌・被災者「うけいれ隊」のお知らせ

【転載歓迎】

以前紹介した「東日本大震災支援市民ネットワーク・札幌(愛称:むすびば)」に、札幌圏へ移入された震災被災者をサポートする窓口「うけいれ隊」がオープンしました。

札幌近郊で、住居や家財などを提供していただける方やそれらの「情報」(注意!!!物資自体を集めているわけではありません)、被災者の生活サポートや支援の手助けをしていただけるボランティアスタッフを募集しています。

東日本大震災支援市民ネットワーク・札幌「うけいれ隊」
http://shien-do.com/musubiba/home/2011/04/post.html


札幌近郊の皆さん、どうぞこの活動にできる範囲でご協力頂くとともに、この情報をお広めいただければ幸いです。

| お知らせ | 15:14 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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【原発】放射線量が急に増えている、というデータを見て

以下のサイトで福島第一原発1号機の放射線量のデータが見られるのですが、昨日8日、急激にレベルが上がっています。これって、どういうことなのでしょう?観測計器の故障でしょうか?

福島原発 1号機 / 福島原発原子炉の状態 原子炉の放射線量
http://atmc.jp/plant/rad/?n=1


このデータの急上昇が、原発事故の今後に対して具体的にどんな意味をもつのかについては、十分な関連知識や情報が僕には無いので、これだ!という判断はできません。

このサイトを見たことで僕にできるのは、「かなり急激に放射線量が増えた(かもしれない。データが間違っていなければ…)」という客観的事実を受け止める、ということだけです。じつは、もしかしたら、たいした問題じゃないのかもしれない。

ただ、個人的には、たとえ計器の故障であっても、そういう大事な機械が壊れてしまっては困るわけで、3月11日以来ずっと続いている「深刻で極めて異常な危機的状態」はさらに悪化していると判断するに足る情報ではないかとおもっています。

これまで、いたずらに原発事故の情報をブログに流すのは止めようと思ってきましたが、そうした”配慮”や”遠慮”を続けているうちに、事態の異常さに慣れて(慣らされて)しまって、自分や自分の大事な人たちが「知らぬ間に茹であがるカエル」なるのは嫌なので、敢えて流すことにします。

何事も無ければ良いのですが…。

こんな状況にあっても、希望は捨てたくないので、さらに未来を見据えた情報として、以下の講演録もご紹介します。環境問題などで積極的な発言を続けている田中優氏が4月2日に福岡市で行った講演のUST(ユーストリーム)動画です。

Ustream動画:田中優氏講演(11年4月2日福岡市)
http://www.ustream.tv/recorded/13766187


知らされざる現状の深刻さ、そして我々市民がいかに「知らされていないか」ということに愕然とさせられるのですが、それとともに、「では、これから、どうする?」の部分まで説得力のある論を展開されているので、田中氏の論説に完全に同意するかどうかは別にしても、現状では、非常に優れた判断材料になろうかと思います。

長い講演録ですが、この土日の空いた時間を使用して視聴されることを大いにお勧めします。

あと、以下のブログも時折のぞいています。中部大学の科学者・武田邦彦氏のブログです。

武田邦彦氏原発事故関連のブログ
http://takedanet.com/

| 備忘録 | 10:21 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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いきかた

自分の手がとどく分だけの、いきかた。
自分の背におえる分だけの、いきかた。
心からよろこべる分だけの、いきかた。


(とても手に負えない、とうてい背負いきれるはずもない、全くよろこべないことが、いま、痛みの中で分かった。では、これからどうする)

| 備忘録 | 19:03 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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引力

カテゴライズしたい、という欲。
カテゴライズされたい、という欲。

自分の中にある、内と外への強い引力。

さらには、

「そうした引力に全力を尽くして抗え!」
と命じる、
もうひとつの、抗い難い引力。

| 備忘録 | 02:51 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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晩冬

20110310_0178__DSC1089.jpg

2011.3.10

| 写真 | 21:10 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

2011年03月 | 月別の日記 | 2011年05月


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