小寺卓矢・森の写真館 top_image
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2013年02月 | 月別の日記 | 2013年04月

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卒所式

今日は次女の保育所卒所式でした。いよいよ、長かった保育所生活ともお別れです。

その次女、以前からずっと「卒所式で、たぶん泣くから」と自身で断言していたとおりに、式の後半で号泣。

さすが、運動会ですら「自分たちクラスみんなの頑張りと、やり遂げた達成感」で人目をはばからず号泣してしまえる“感動屋”の面目躍如。

本日もアッパレな泣きっぷりでした。

その姿に、僕ら親も、思わず涙…。

ただ、僕は、涙だけではなく、冷汗も流しました。保護者代表として生まれて初めての「謝辞」をしたのです。

難しいですね、謝辞って。文面は、結構悩みました。

個人的には、式で何か喋らしてもらえるのなら、式の主役であるこどもたちにむかってただひたすら「オメデトウ!これからもみんなで生きていこうね!」と伝えたいところなのですが、でもそれでは「謝辞」にはなりません…。

いろいろ「謝辞の例文」などを調べて見たり。

でも、今さら変に飾ってもしょうがないし、わざと“感動させる”ための小細工を弄するのも性に合わないので、結局はごく淡々と、保育士という「いのちを預かる仕事」への畏敬の念と、用務員さんや給食さんも含めた職員への感謝を、素直にお伝えしました。

(あと、“禁じ手”だとは思ったのですが、保護者の身でありながら、こどもたちへの感謝の念もちょっと伝えてしまいました…)

それにしても、緊張しました。いつも自分の講演やスライド上映会で感じる緊張感とはまるで別物。冷静に喋れていたかな…。

なお、夕方には保育所全体の「お別れ会(謝恩会)」にも参加。こどももオトナも、ワイワイと食べて歌って踊って、楽しいひと時でした!

つくづく思いますが、ほんと、平和が一番です。

いつでも子どもたちが、無心の笑顔で、あちこちピョンコピョンコと飛び回ることができる世の中じゃなきゃ、いけません。

そうでない世界を大人が大人の都合で作ってしまっているとしたら、大人は責任感を持って、世に平和と安全を取り戻さなくてはいけません。自戒を込めて。
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| 備忘録 | 22:19 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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新得町図書館「いっしょだよ」写真展/「教室読み聞かせ」

昨日は新得町図書館で写真展の搬入。

展示スペースの都合で全点展示ではないものの、見やすい空間に程よく収まった。

どうぞゆっくりご覧ください。

作業終了後は、司書のKさんと図書館のこと、音楽イベントのことなど、いろいろ談笑。

こういう何気ないひと時が楽しく、また、大袈裟な言い方になるが、明日を生きる元気の素になる。

さあ、今日も慌ただしい一日が始まった。いろいろ、やることあるぞー!

そうそう、先日このブログでも紹介した中学校教師・石川晋さんの新著『「教室読み聞かせ」読書活動アイデア38』を、昨夜からようやく本格的に読み始めた(昨日まで、図書館から借りた「サイード音楽評論」を読んでいたが、上巻を読んだだけで、ついに返却期日がきてしまった…)。

夜、布団に入り下の娘に「赤毛のアン」を読み聞かせし(昨夜は、ダイアナがイチゴ酒を飲んでしまった箇所)、ご機嫌のうちに寝かしつけたあと、その娘の寝息を聞きながら石川さんの本を開いた。

まだ序盤を読んだだけだが、読むうちに、無性に、誰かに「読み聞かせ」をしたくなってしまい、布団の中でウズウズして、困った。笑

でも、寝かしつけたばかりの娘を起こすわけにもいかず…。

今晩の我が家の読み聞かせタイムまで、うーん、しばしの我慢だ。

| 備忘録 | 08:44 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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祈り

何のために祈るか。何に向かって祈るか。誰のために祈るか。

たぶん、そんな「何」や「誰」や、もしかしたら「我」さえも、すべてが見えなくなってしまったときにこそ、その深い暗がりの淵で、祈りは祈られるのではないか。祈りはうまれるのではないか。

3月の森の、木々の梢の小さな冬芽が、静かに静かに膨らみをましてゆくのを見るたび、木々はそのように祈っているのかもしれないな、と思う。

| 備忘録 | 10:33 | コメント(-) | trackbacks(0) | 先頭へ↑

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